徳島県の昔の国名である阿波。昔々、県北部で雑穀の粟(あわ)がよく取れたことから「粟国」(あわのくに)と名付けられ、大化の改新後に「阿波国」(あわのくに)と改められた…という説が一般的なようです。徳島市にある2000年以上前の遺跡からは粟の種子が見つかっているそうですので、栽培の歴史はかなり古いようです。しかし、記者は粟の畑を見たり、県産の粟を食べたりした記憶がありません。「阿波の粟を食べてみたい」と思い立って、取材してみました。

 ◎わずか10アール 

 そもそも粟なんておいしいの?と思われる方もいらっしゃるでしょう。記者も30年以上前に小学校の社会科で習った「米の代用品でおいしくない」というイメージを抱いたまま、実際に口にする機会はありませんでした。しかし、それが覆されたのが京都の老舗「澤屋」さんの粟餅との出会いでした。適度に粟の粒を残してつきあげられたやわらかな餅とあん、きな粉の相性が抜群で、それはもう絶品です。近年は健康志向の高まりから、白米に混ぜて食べるという方も少なくないのではないでしょうか。

写真を拡大 大嘗祭に献上された磯貝勝幸さん、ハマ子さん夫妻の粟

 粟が徳島の特産なら、おいしい粟餅を食べられるんじゃないか、という単純な思い付きが出発点となり、行き当たったのが冒頭の疑問です。まずは徳島の粟栽培の現状を知るため、県もうかるブランド推進課に問い合わせてみたのですが、最初から衝撃的な事実を告げられます。最も新しい2017年の統計によると、県内の粟の栽培面積はわずか約10アールしかないというのです。

 10アールといえばテニスコート4面分にも満たない面積。統計では拾いきれていない部分もあるそうですが、それにしても少ないですよね。とても一大産地とは呼べない現状ですが、特産品として栽培が奨励されているわけでもないそうですので、仕方がないのかもしれません。詳しい現状を探るため、10アールのうち5アールを占めている県西部のつるぎ町を取材することにしました。

 ◎大嘗祭にも献上 

 つるぎ町の粟栽培に詳しい県美馬農業支援センターにお話しをうかがいました。県西部のつるぎ町など2市2町の山間部では伝統的に粟を含む雑穀が栽培されていたそうですが、この地域特有の急傾斜地農法が昨年3月に世界農業遺産に認定されたのを受け、生産拡大や収穫された雑穀のブランド化、雑穀を使った料理や菓子を提供している店のPRに力を入れているそうです。

写真を拡大 磯貝さん夫妻

 そしてつるぎ町の粟は今年、平成から令和への改元で大きな話題となった皇位継承に伴う重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」にも献上されました。この粟を栽培したのはつるぎ町の農業磯貝勝幸さん(75)ハマ子さん(72)夫妻。標高約420メートルにある傾斜約30度の畑で、手作業で大切に育てたそうです。ご夫婦は「大嘗祭への献上はなかなかできない経験なので、とてもうれしい」ととても喜んでいました。

 ちなみに、つるぎ町では「一宇系(いちうけい)」、同じ県西部の三好市では「祖谷系(いやけい)」という在来種の粟が代々栽培されているのだとか。それぞれの品種がいつ頃から栽培されているのかは定かではないそうですが、何百年も前の人たちが食べていたものと同じ味だとしたら、とてもロマンをかき立てられますね。大嘗祭で献上されたのは、この在来種を基に戦後に品種改良されて生まれた「寿」という品種だそうです。

 ◎プチプチの食感 

 県西部では雑穀を正月の餅などに入れて食べるそうですが、残念ながら県の担当者は粟餅を作っている業者は把握していないとのことでした。代わりに、雑穀を使ったさまざまな創作料理を提供している美馬市脇町の「SAIRAI(さいらい)」さんを紹介していただき、特別に粟を使った料理を作っていただきました。せっかくなら天皇陛下に献上された粟を味わいたいと思い、磯貝さんの畑で取れた粟を購入させていただきました。

写真を拡大 SAIRAI特製の粟料理

 お店で待っていたのは、予想を上回るゴージャスな見た目の料理。カズラを編んだかごには、里芋と粟のディップをのせた阿波牛の焼き物や、粟を衣に混ぜたエビとアーサイの天ぷらなど8品が盛られています。徳島伝統の弁当箱・遊山箱に入るのは、粟とあんこを添えた食用藍のシフォンケーキや、もち米と粟の3色おはぎなど4品。阿波尾鶏でだしを取って、そば米の代わりに粟を入れた粟汁も。どれもおいしいのはもちろん、粟のプチプチとした食感やほのかな甘味を楽しめます。

写真を拡大 【上】エビとダイコン、チンゲンサイのおひたしに粟を添えて【下左】キクナのおひたしに粟を添えて【下右】シイタケとニンジンの佃煮に粟を添えて
 
写真を拡大 【上】粟入りの衣で揚げたエビとアーサイの天ぷら【下左】粟入りのアジの南蛮漬け【下右】スダチとブロッコリー、粟風味の半田そうめんの節
 
写真を拡大 【上】阿波牛の焼き物に里芋とユズ、粟のディップを添えて【下左】シャドークイーンと粟のポテトサラダ【下右】阿波尾鶏の粟汁
 
写真を拡大 【上】粟入り3色おはぎ、野沢菜の粟添え、鳴門わかめとマクワウリの酢の物に粟を添えて【下】食用藍とこだわり卵のシフォンケーキにあんこと粟を添えて
 

 無理なお願いにも快く腕を振るってくれた藤澤光恵さん(56)は「粟は食感も味わいも上品なので、いろんな料理に使えますよ」と調理のポイントを教えてくれました。地元食材を生かし、食品ロス削減に配慮した料理を日々生み出し続ける藤澤さん。「世界農業遺産のPRにつながり、若い世代に伝統的な食文化を伝えられる料理を提供していきたい」と意気込みを語ってくれました。

 
写真を拡大 藤澤光恵さん
 
 

 

 ◎取材を終えて 

 徳島の歴史と深い関わりがあるとされる粟。取材を通じて、必ずしも栽培が盛んとは言えない現状や、それでも県民の暮らしと密接に結びついていること、そして粟を含む雑穀を新たな特産にしようと意欲的に取り組む人たちの存在を知りました。近い将来、「阿波の粟」が再び全国から注目を浴びる日が来るかもしれません。その際にはぜひ、粟餅も食べてみたいものです…。(R)