8日、皇居に立つ大嘗宮を見学してきた。一般公開の最終日だった。天皇陛下はそこで11月14日夜から同月15日明け方にかけて、皇位継承の重要祭祀大嘗祭の大嘗宮の儀を行った。一世一度限りの儀式だ。

大勢の人が見学した大嘗宮。三角の屋根が目立つ。右が悠紀殿、左が主基殿=東京都

 午前8時すぎに皇宮警察によるボディーチェックと持ち物検査を経て入場し、約1時間半、紅葉を楽しみながらの見学だった。

 20余り並ぶ伝統的な木造建築全てが真新しく立派に見えた。真っ先に探したのは悠紀殿と主基殿。徳島から納められた麻織物「麁服」が供えられたからだ。

 一般見学は、麁服を調進した美馬市木屋平貢の三木信夫さん(83)ら参列者が大嘗宮の儀の時に座っていた幄舎(撤去済み)と同じ位置から許された。

大嘗宮の儀で三木家が調進した麻織物「麁服」が供えられた主基殿=東京都

 両殿とも帳殿、小忌幄舎などの後ろにあって見えにくく、一対の角のような二つの三角の屋根だけが目立った。建物には入れず屋内の様子は想像するだけ。麁服があるかどうかは分からなかった。

 大嘗宮の規模は、古代から現代まで大小の変遷がある。建物の数は今より少ない時代があり、例えば奈良時代の平城宮では悠紀、主基両殿とあと少しだけだったことが発掘調査で分かっている。

 規模はどうであれ、確かなのは、目の前の空間に古来続く衣食住の伝統文化が時間を超えて凝縮し再現されている点だった。天皇陛下は新穀や麁服の横に座り、夜を徹して国と国民の安寧を願い、食物の豊作を感謝し祈った。昔の貴族や武士の時代も、私たちが生きる現代も、祭祀の中身は何ら変わらない。

大嘗宮の見学は、撤去された幄舎の位置から行われた。皇居は高いビル群に囲まれている=東京都

 皇居を出ると、すぐに丸の内のビル群に入り、複雑な気持ちが湧いた。同じ時間の中で古代と現代にいた気がしたからだ。

 大嘗宮の一般公開は11月21日から12月8日まで18日間あり、徳島の人口を超す計約78万2千人が訪れたという。その多くの人がつかの間、タイムスリップに似た思いをしたに違いない。