東京五輪で試合に臨む桜間選手

 2020年東京五輪の聖火リレーのルートと走者が発表された。年が明けると、一気に五輪ムードは高まるのだろう。東京五輪は2回目で、前回は1964(昭和39)年に行われた。徳島県内からは3人が出場し、徳島県にとっても歴史に刻まれる五輪だった。

山崎選手の入賞を伝える徳島新聞

 東京五輪が開会した翌日の徳島新聞1面は開会式の模様をこう伝えている。「澄み切った東京の秋空に五色の風船の群れが小さく飛び去り、一万羽のハトがそれを追って舞い立った。ファンファーレが鳴り、合唱がわき、祝砲がうなった。そして世界の若者たちは胸を張って堂々と行進した。(中略)一つ一つの顔が日本の秋の日をいっぱいに受けて、いま大観衆の前を歩く。オリンピックはとうとうやってきた。とうとう東京にやってきた。」

 徳島県から出場したのは、重量挙げの山﨑弘(徳島市出身、徳島工業高卒)、レスリングの桜間幸次(美馬郡穴吹町=現美馬市=出身、穴吹高卒)と藤田徳明(美馬郡貞光町=現つるぎ町=出身、穴吹高卒)の計3選手。徳島新聞も記者を派遣し、県人選手の活躍を伝えた。

 トップを切って登場したのが山﨑選手。入賞を果たし、当時の徳島新聞1面の見出しは「山崎奮闘六位に入賞 県人で初の快挙」。社会面の見出しは「晴れ姿仁王立ち 無心の一瞬大歓声」となっている。記事では「重量挙げ王国徳島からついに世界のヒノキ舞台に県人選手を押し上げた」などと記す。

 桜間選手は、銀メダルを獲得したソ連の選手に敗れて4位。記事は「敗れたとはいえ、桜間の試合態度は堂々たるもので、四位入賞を果たした根性と闘志は大いにほめられてよい」とたたえる。

 藤田選手もメダルに届かず、4位だった。観戦した母のコメントが印象的だ。母は上京していたが、ずっとテレビで観戦していた。試合会場に訪れたのは最終日。紙面では「世界の一流選手が集まってこんなええとこで思い切りあばれることができて、大喜びでいると思います。これもみんな土地(郷土)の人や育ててくれた関係者のみなさんのおかげです。きょうまで会場へこなんだのも試合を見るのが恐ろしかったけんです」と阿波弁でコメントがつづられている。社会面の見出しは「りっばだ藤田 よくやった」。

 徳島新聞では、3選手の自宅や地元の様子も報道され、当時の熱狂ぶりが伝わってくる。

 徳島県は、重量挙げとレスリングが“お家芸”といわれている。重量挙げは、東京の前のローマ(60年)に2選手、ミュンヘン(72年)とモントリオール(76年)にそれぞれ1選手が出場している。

 レスリングは、王国ぶりを示す。東京で2選手が初めて出場したのを皮切りに、多くの県人が後に続いた。東京の次にあったメキシコ(68年)では藤本英男選手(美馬郡美馬町=現美馬市=出身、穴吹高卒)が、県人としては初めての五輪メダリストとなる銀メダルを獲得した。日本レスリング協会の公式サイトによると、都道府県別オリンピック選手(日本が参加しなかった80年のモスクワ五輪代表含む、延べ人数)は13人に上り、北海道、秋田、鹿児島に続いて全国4位の輩出ぶりである。その礎となったのが64年の東京五輪だった。

 さて2020年の東京五輪には、何人の県人選手が出場するだろうか。リオデジャネイロ(16年)で金メダルを獲得したバドミントン女子の松友美佐紀選手(藍住町出身)や、サッカー女子ワールドカップに出場した市瀬菜々選手(徳島市出身)、女子ゴルフで賞金女王を獲得した鈴木愛選手(東みよし町出身)らが目指している。

 4年前に松友選手が金メダルを獲得したのは、今なお記憶に新しい。決勝は日本時間午前1時の試合開始にもかわらず、徳島県内でもパブリックビューイングの会場などで多くの人が声援を送った。五輪まであと7カ月。東京で、徳島で、どんな景色が見られるのか楽しみである。(卓)