半世紀にわたって初日の出を描いてきた戸田さん=鳴門市撫養町の自宅

 徳島県鳴門市美術協会会長の戸田あさおさん(84)=本名・浅夫、撫養町南浜、表具店経営=が、鳴門の海岸で半世紀にわたって初日の出の油彩画を描き続けている。平成最後の元旦に50枚目を描き終えた後、妻シゲ子さん=享年(78)=が他界した。「ずっと支えてくれた家内に感謝の気持ちを届けたい」。1月3日から徳島市で、50年の集大成になる作品展を開く。

 初日の出を描き始めたのは1970年。里浦町の大手海岸に毎年出掛けてイーゼルを立てる。曇りや雪で元旦に拝めなかった年も、2日か3日に描いてきた。

 懐中電灯を頼りに、赤や黄など6色の絵の具を出して日の出を待つ。雲の形からイメージを膨らませ、水平線をほんの少し右肩上がりに引く。「いい年になりますようにって」。午前7時すぎに日が昇り始めると一気に仕上げる。

 三重県志摩市で生まれた。父は鳴門市生まれで、小学生の時、父の仕事の都合で鳴門に引っ越した。鳴門高校を出て親戚の表具店で働き、27歳で自分の店を構えた。29歳のとき三好市出身のシゲ子さんと結婚。2人の子どもを育てた。

 趣味で油彩画をたしなみ、国内外の風景を描いてきた。幼い頃、日の出の名所・志摩半島の大王埼灯台で見た光景が忘れられず、大手海岸に通うようになった。30年前からは長男の智さん(51)=徳島ガラススタジオチーフインストラクター=が車で送迎する。

 「雲の形も空の色も毎年違う」。その年限りの光景を焼き付けようと絵筆を走らせる。自宅で待つシゲ子さんに見せると「ほんな色だったで?」。辛口の批評が励みだった。

 表具店経営の傍ら、障害者の阿波踊り連や子供会の世話などさまざまな奉仕活動に奔走する戸田さんを、シゲ子さんは陰で支えた。「文句一つ言わずに協力してくれた。何もかも家内のおかげ。絵を褒めてくれたことは一度もなかったけど」と笑う。

 シゲ子さんは5年ほど前に糖尿病を悪化させ、入退院を繰り返した。節目の作品展を楽しみにしながら闘病し、今年も笑顔で50枚目の絵を見た。1カ月後、病院のベッドで息を引き取った。

 「一番に来てほしかった家内がいないのなら」。一時は作品展の中止も考えたという。しかし家族の勧めもあり、シゲ子さんの冥福を祈って開くことにした。智さんは「母はいつも父の活動を応援していた。その気持ちに応えたかった」と言う。

 昭和、平成と描き続けて50年。「あっという間だった。もう家内に見てもらえないと思うと張り合いがない」。それでも、初日の出の絵は戸田さんの生きた証し。令和最初の元旦も、海岸で絵筆を握る。

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 「戸田あさお 初日の出五十年展」は1月3~5日に徳島市シビックセンターギャラリーで。1日に描く1枚も含め、4~10号のキャンバスに描いた51枚を並べる。入場無料。