ほんなことあるでかだ、ということが落語にはある。徳島県内の花見の宴も、そろそろ盛りを過ぎた頃。「あたま山」の主人公も、ようやく気の静まりかけた頃合いだろう

 上方では「さくらんぼ」の題で演じられるこの話。男が熟した実を種まで食べてしまうところから始まる。すると、まあ不思議。腹の中で芽を吹いて、頭を突き抜け大木に。これは大変だ、と医者に駆け込むが、うちでは診られない、植木屋へどうぞ

 珍奇なことはすぐ広まるもので、見事な桜が評判を呼び、「あたま山」は花見の名所になった。大勢の酔客が頭の上に集まって、夜を日に継いでの大宴会。ほんなことあるでかだ、と思われるだろうが、そんな落語なのである

 あまりのうるささに耐えられず、男はついに桜を引き抜いた。ところが、その跡にできた大池に今度は釣りや船遊びの客。果ては花火大会まで。大騒ぎはまだ続くのか、と悲観し、哀れ男は大池に身を投げるが-。自分の頭の池にどうやって、と問うてはいけない。落語なのである

 随分現実離れした筋書きではあるが、現実とてこのところは似たようなもの。事実は小説よりも、落語よりも奇なりということが国内外で起きている

 北朝鮮は、森友は…。予想もしなかったことが、あるでないで。置き去りにされぬよう、うやむやにされぬよう。