忍者が敵から隠れたり逃げたりするのに使う術を「隠遁術」と呼ぶ。火薬玉を破裂させ、煙幕に紛れて姿を消す「火遁」は時代劇でもおなじみだ。他に水遁、木遁、さらには虫遁、人遁なるものまで。多彩である

 楽器の収納ケースに身を隠すなら、単純に「箱遁」とでも呼べようか。保釈中のカルロス・ゴーン被告は、耳を疑うそんな手法で当局の監視をかいくぐったとされる。国籍のあるレバノンまで、まんまと逃げおおせた

 保釈条件を無視した違法な国外逃亡は、謎だらけだ。元米海兵隊員らプロの組織が手助けしたとか、レバノン政府が関与したとか。箱に入ったのも自宅でなのか、外なのか。そもそも、出国手続きをどう突破した。忍者顔負けの隠密行動は、あきれるしかない

 レバノン政府は被告を日本に引き渡さないと言うから、起訴事件の真相解明は遠のいてしまった。赤っ恥をかかされた検察当局は、どう対処するだろう

 逃亡先で「不当な処置や政治的迫害から逃れた」と被告。ならば法廷で堂々と訴えればいいものを。「人質司法」と批判が根強い保釈の在り方に一石を投じたというのに、むなしい主張にしか聞こえない

 忍びの世界では「正心」が重要という。江戸時代の書物『万川集海』の解説には、正義の心とある。被告はどうやら持ち合わせていなかったらしい。