平田忠志さん

 歓喜に沸く選手に促され、3度宙を舞った。大会前からチームで決めていたゴール地点での胴上げ。「選手たちは本当に約束を守ってくれた」。初采配での優勝に顔をほころばせる。

 前回まで14年間チームを率いた椿前監督とは中学時代から徳島市チームで切磋琢磨してきた同級生。椿体制下ではコーチを務め、二人三脚でチームを支えてきた。「令和の時代になり、新風を吹かせることができるかな」と監督就任を引き受けた。

 徳島駅伝との出合いは津田中2年時。初めてメンバーに選ばれた。この時、徳島市は優勝。しかし、補欠でレースには出られなかった。「実力の世界。頭では分かっていたが、やっぱり悔しかった」。翌年も出場機会はなく、徳島駅伝に戻ってきたのは18年後にマネジャー兼任として。そこから若手のサポートを担うようになった。

 「普段は優しく選手に接するが、選手選考には全く情を挟まない」と周囲が語る勝負師。初采配の今回、例年は1月2日に行う第1日のオーダー発表を12月21日に前倒した。流れをつくる大役を担うメンバーにはコースの下見をするなど入念な準備をしてもらいたかったからだ。

 一方、走れないつらさが分かるからこそ、レギュラーから漏れた選手へのフォローにも心を砕く。「頑張っていればいつか必ず花は開く」。選手に寄り添い、コミュニケーションを絶やさない兄のような存在の指揮官は「一般、女子、中学生と全部門がかみ合った総合力の勝利」と誇らしげだった。

 徳島市福島の東照寺住職。徳島市川内町で家族と暮らす。46歳。