写真を拡大 決勝に敗れ、うなだれる御所実の選手たち=花園ラグビー場

 またしても日本一には届かなかった。第99回全国高校ラグビー大会決勝で、徳島県美馬市出身の竹田寛行監督が率いる御所実業(奈良)が、桐蔭学園(神奈川)に敗れた。これで4度目の準優勝。勝負の世界とはいえ、厳しい現実に言葉が出ない。

 同県脇町高ラグビー部OBの竹田監督は、これまで徳島新聞でも何度か紹介させてもらっている。その中で、竹田監督の歩みと思いが詳しく述べられている記事があるので紹介したい。2015年6月にあった奈良徳島県人会総会で講演した際の講演録だ。

 私が御所工業高(現御所実業高)に赴任したのは1989年。いわゆる不良と呼ばれる生徒がごろごろいた。ラグビー部監督に就いたが、部員はわずか2人だった。

 しばらくして県内の高校ラグビー部の顧問が集まる会議があった。奈良には全国大会で何度も優勝している名門高がある。その関係者に「部員が2人しかいないのに全国狙うんか」と言われた。腹が立ち「どうして全国を目指してはいけないのか。夢を摘むのはおかしい」と言い返した。

 「花園」を目指す取り組みは部員を集めることから始めた。荒れた学校だったが、生徒と同じ目線で接することで次第に打ち解け、「竹田組」などと呼ばれるほどの結束力を持つようになった。

 就任2年目、練習試合中に、ある部員が頸椎(けいつい)を損傷し、それが元で亡くなった。部は活動休止となり、私も教師を辞めざるを得ないと思った。「花園行くんちゃうんか」「夢つかむんちゃうんか」。生徒から厳しくなじられても「すまん。できんわ」と返すしかなかった。そんな中、亡くなった生徒の親から「息子のためにも続けてほしい」と懇願され、再び前を向いて進み出すことができた。

写真を拡大 御所実を率いる竹田監督

 少しずつ力をつけ、95年度に花園初出場を果たした。卒業後、大学や実業団の主力として活躍している選手も増えている。公立高が私立高に勝つのは並大抵のことではない。個人では体力も技術も上回る相手に立ち向かうにはチームの結束力を高めるほかない。

 そのために、生徒には「人間性で一番になろう」と訴えている。ずっと伝えてきたのは「恕(じょ)」の心だ。相手のことを思いやり、許すという意味だ。その上で大切なのは生徒をいかに本気にさせるかということ。本気という言葉には「努力、協力、質素」という要素が含まれていると思う。試合の勝ち負けだけでなく、純粋に人の話を聞く姿勢、自らが考えて対応できる判断力といった人格形成がなされてこそチームが機能する。

 昨年度も花園に出場でき、決勝まで進んだ。3回戦のこと。勝負を左右するプレーの最中、生徒がフィールド内に飛んできたビニールごみを自身のストッキングの中に押し込んで片付けた。私は気付かなかったが、その様子がテレビで放送され生徒を称賛する多くの手紙が高校に届いた。生徒自身が考えてやったことであり人間性が育っていることを誇らしく思う。

 本校には各地からラグビー部が練習試合に訪れ、週末ともなれば関係者含め約2千人が集う。経済効果は大きく、御所市ではラグビーを通じたまちづくりが盛んになった。あと5年で退職を迎える。退職後は徳島に帰りたいとの思いがある。その際には徳島でもラグビータウンをつくることができないだろうかと考えている。

 この記事には、少し裏話がある。当初講演録の掲載は予定されていなかった。通常なら、県人会総会が開かれ、講演があったという短い記事で終わっている。しかし、現場で取材していた記者が心を揺さぶられ、「講演の内容を多くの人に伝えたい」と思った。上司に頼み、後日紙面のスペースを取って掲載した。

 昨年7月にあった脇町高校ラグビー部創部90周年の記念行事には、御所実のラグビー部員を連れて参加している。古里で、部員たちとともにラグビー教室や親善試合を行った。

 その時も徳島新聞のインタビューに応じ、高校時代の思い出やラグビー競技普及に向けた取り組みなどについて語っている。記念行事に参加した理由が印象深い。

 「旧制脇町中(現脇町高)時代にラグビー部主将として全国大会に出た父親が4月に亡くなった。OBの中では一番年上で、90周年行事に連れて来たかったがかなわなかった。亡くなった際にいろいろ世話をしてくれたOBへのお返しの意味も込めて今回参加させてもらった」

 そして今大会の決勝の模様を伝える1月8日の徳島新聞に竹田監督の話が載っている。「ここ(決勝)に来るのがやっと。選手を褒めてあげたい。最後までやりきったので満足している」さらに、こうある。「ここ(決勝)に立てるように、また頑張る」。挑戦は続く。(卓)