相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者ら45人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた元職員植松聖被告の裁判員裁判が横浜地裁で始まった。

 犠牲者の多さ、犯行の残虐さとともに、被告が「障害者なんていなくなればいい」などと話したことが社会に衝撃を与えた。

 被告はなぜ事件を起こしたのか。3年半近くがたつものの、いまだ十分に解明されていない。公判では凶行に至った経緯と、ゆがんだ思考が形成された背景を明らかにすることが求められる。

 起訴状などによると、植松被告は2016年7月26日未明、やまゆり園に侵入し、入所者19人を刃物で突き刺すなどして殺害。24人に重軽傷を負わせたほか、職員2人を結束バンドで拘束し、負傷させたとされる。

 起訴内容に争いはなく、公判の争点は刑事責任能力の有無や程度となる。

 弁護側は事件当時、被告には大麻による精神障害があり、心神喪失か心神耗弱だったとして無罪を主張。検察側は、大麻による影響は犯行の決意を強めたにすぎず、病的な妄想ではないとして、完全責任能力があったとした。

 どちらを妥当とするかで量刑が大きく変わるだけに、審理の行方を見守りたい。

 注目されたのは植松被告が何を語るかだった。だが「皆さまに深くおわびします」と述べた後、もがきだしたため退廷させられてしまった。

 遺族らに謝罪する意向は以前から示していたが、「意思疎通できない人は不幸を生む」などとする差別的な考えは変えていないという。

 被告は事件前の3年余り、やまゆり園で働いていた。その間、障害の負の側面を見るだけで、命の大切さや、どんなに重い障害を持つ人にも尊厳があるといった、当たり前の理念を学ばなかったのだろうか。

 事件後、障害者施設の防犯態勢が問題になったが、物理的な対策以上に、福祉を担う職員の教育を充実させることが重要だろう。

 事件は、隠れていた差別意識も浮き彫りにした。被告の言質に同調する書き込みがインターネット上であふれたのは、効率や生産性を重視し、役に立たない人は排除するという風潮の広がりと無関係ではなかろう。

 公判では、ほとんどの被害者を「甲A」などと記号で呼ぶ措置が取られた。遺族らの傍聴席も、一般席から見えないよう遮蔽板で区切られた。

 実名を出せば偏見の目にさらされる。そう被害者家族らが恐れたためだという。異例の対応は、障害者差別が根深く存在する社会を映していると言えよう。

 名前を公表した数少ない家族の一人、尾野剛志さんは「匿名に追い込まれなくてもいいように、差別がない社会に変える必要がある」と訴えている。事件が私たちに突きつけた課題である。