車体全体が灰色で、窓は白い板で覆われている。その不気味なバスに乗せられると、二度と帰ってこられない。行き先は病院のガス室だった

 ナチス・ドイツが行った「T4作戦」。障害者を価値のない生命、社会の負担とみなして命を奪った。作戦は1年半ほどで表向き中止されたものの、殺害は続けられ、第2次大戦中の犠牲者は少なくとも20万人とされる

 「ヒトラーの思想が降りてきた」。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で、植松聖被告は犯行後、そんな言葉を口にしていた。「意思疎通できない障害者は安楽死させるべきだ」との考えは、今も変わっていないという

 初公判での奇矯な振る舞いから、やはり常軌を逸していると思った。しかし、この事件が異常者による凶行というだけで片付けられないのは、被告のような思考が社会の根底にあるからではないか

 ナチスの断種法に倣った国民優生法を前身とする優生保護法は1996年まで続いた。今だって、出生前診断で異常が見つかれば中絶する人が多い現実を前に「無条件に人は生きる価値がある」と言い切れるだろうか

 哲学者の萱野稔人さんは「私たちにも『障害者はお荷物』という意識がどこかにあるのではないか」と言う。被告を裁くだけでなく、われわれの心の内面と向き合う裁判でもある。