前日産自動車会長カルロス・ゴーン被告が不法出国した背景には、日本の法廷で闘っても勝ち目がないという計算がある。「日産の救世主」は、裁判官相手ではなく、世界に無実を訴える「法廷外闘争」に活路を見いだそうとしたのである。

 本拠地レバノンでの記者会見は、反撃の第1弾のはずだった。追い落とし工作に関わったという「日本政府関係者」の実名が最大の関心事だったが、結局明らかにしなかった。内容としては新味に乏しく、肩透かしに終わった。

 集まった世界12カ国のメディアに力説したのは、検察捜査の在り方や日本メディアの報道姿勢である。「不正義」と印象付けることで、逃亡の正当性を訴えた。今後も、未公開の事実関係を小出しにしていくだろう。

 最大の問題は、事件の真相が明らかにされる見通しがなくなったことだ。公判が開かれないことで東京地検特捜部が集めた証拠は開示されず、弁護側や裁判官による精査もない。これまでの報道内容も真偽が確定せず、全ては宙に浮く。国民は真実を知るすべを失うのだ。

 身柄引き渡しをレバノン政府に求めるのは当然だが、実現は困難だ。両国間に引き渡し条約がない上、密出国にはレバノン当局の関与も取りざたされている。

 法廷に引き戻すのが不可能なら、検察当局はゴーン被告の一方的な会見を傍観すべきではない。外国メディアにも開かれた発表の場を持ち、具体的な論拠を示して反論すべきだ。「政治的迫害」とまで批判されているのだから、だんまりを決め込む手はない。

 東京地検の斎藤隆博次席検事(元徳島地検検事正)は9日、定例の記者会見で取り調べ状況などを詳しく説明し、海外メディアも集まったという。かつて見られなかった対応だ。今後はカメラ取材も認め、堂々と主張すればいい。

 政官財を対象にした東京・大阪地検特捜部の捜査では、従来、結果の重大さに見合う説明責任が果たされてこなかった。

 特捜部に逮捕されれば、社会と引き離され、地位や名誉を失う。小沢一郎衆院議員の秘書を逮捕した陸山会事件は、政権の行方まで左右した。無実を訴えるゴーン被告も企業経営の場から強制退場となった。公判前に「有罪」のレッテルを張られたに等しい。

 検察の権力行使は、社会に重大な影響を及ぼすが、その根拠を国民に説明し、理解を求める努力を怠ってきた。

 刑事訴訟法47条には「訴訟に関する書類は公判の開廷前に公にしてはならない」とあり、説明を避ける免罪符となっている。公益上の必要が認められる場合などは例外とあるが、無視してきた。

 犯罪を立証するべき公判が存在しないなら、ゴーン被告に対抗し、真実を世界に発信すればいい。これまでの強権的な姿勢を改めるチャンスである。