通過する列車の明かりで闇に浮かぶ吉野川橋梁=徳島市応神町

 徳島平野の真ん中を東西に横切り、流域に恵みをもたらす吉野川。下流は川幅が広く、雄大な景観を誇る。しかし、架橋技術が未熟だった時代には北岸と南岸を遮断する天然の障害だった。

 徳島県の鉄道史をひもとくと、明治中期から大正初期にかけて、おおむね現在のJR路線の形が出来上がっている。ただ、吉野川を横断して南北を結ぶルートは、昭和になるまで実現しなかった。

 その中で建設されたのが高徳線の吉野川橋梁である。先に完成していた吉野川橋を鉄道併用橋にするプランもあったものの、費用の問題で実現しなかった。橋ができるまでは全国でも珍しい川の鉄道連絡船「巡航船」が、北岸の中原駅(廃止)と新町橋の間で運航されていた。

 吉野川橋梁の架設は1932年に始まり、35年3月に完成。橋の整備に伴い高徳線が全通した。全長949・2メートル。当時の先端技術を駆使した日本初の3径間連続トラス橋は、後の鉄道橋建設の見本となった。

 完成から85年。真っすぐ川を横切る橋は美しく、今では吉野川を代表する景観の一つとなっている。日が暮れてから訪ねてみた。列車が通過する明かりで、橋がシルエットになって浮かび上がった。