あまりに清廉すぎると、かえって人を遠ざけてしまうことのたとえ、「水清ければ魚すまず」は、漢籍に由来する。古くから言い習わされていたが、たたけばほこりが出る人、例えば政治家の自己正当化にも使われかねない微妙な言葉だ

 その姿を写したのだから、当然といえば当然ではあるが、自然には文字通りのことがある。「水清ければ」、何かと不都合も生じるようだ

 吉野川河口付近の養殖ノリが、生育不良で記録的な不作だそうである。暖冬や少雨といった気候の影響に加えて、栄養分が十分ではなかったのが原因だという

 海の栄養不足による漁業不振は近年、本県に限らず、瀬戸内海一帯で問題になっている。赤潮の被害に苦しみ、水質改善に力を入れてきた結果なのだから皮肉である

 では汚ければいいのか、といえば、そうではないだろう。赤潮の海に逆戻りするだけだ。汚水処理施設の普及が全国で最も遅れている現状を正当化する理由にもならない。自然と付き合うには、絶妙なバランスが必要なようである

 沿岸自治体に海の栄養回復を目指す取り組みが広がっている。本県でも2016年度から、下水処理場の排水の窒素量を、規制の範囲で増やす実験を続けているものの、まだ効果は出ていない。「神の見えざる手」を肩代わりするのは、当然ながら難しいらしい。