今年はオリンピックイヤーだ。スポーツ界最大の祭典が56年ぶりに東京にやってくる。聖火リレーの詳細なルートやランナーも発表され、徳島県内でも関心が高くなっている。

 その開会式・閉会式で歌い続けられているのが「オリンピック讃歌」。日本語の訳詞を担ったのは、徳島市出身の詩人野上彰(1909~67年)だ。今年も歌われる予定になっており、五輪と徳島の縁が確固たるものとなることを期待したい。

 野上は徳島市新内町生まれ。合唱曲として有名な「落葉松」や森繁久弥が歌ったヒット曲「銀座の雀」などの作詞をはじめ、小説、脚本など多彩な分野で作品を残した。囲碁雑誌の編集長となり、文人囲碁会を開いたのが縁で家族ぐるみの交流を深めた、ノーベル賞作家の川端康成ら著名人との交友も幅広い。そして多くの訳詞を手掛けていたことから、オリンピック讃歌の日本語訳を任された。

 1896年の第1回アテネ五輪の開会式で初めて演奏されたオリンピック讃歌。長年行方不明になっていた楽譜が1958年に見つかり、野上の訳詞、古関裕而の編曲で64年東京五輪で歌われた。五輪にとっても日本にとっても歴史的な一曲が、野上の手を経て歌い継がれていることは、県民として誇らしい。

 野上は翻訳に際し、人間を信頼し、賛美するという五輪の精神を大切にした。この歌が世界の人々の心にしみ通る理由を「古代の魂と現代の魂とを結びつける力強い祈りの章句によって貫かれているからにほかならない」と記している。

 格差やいじめ、外国人労働者問題など、あつれきが強まる日本。自国第一主義によって対立が深まる世界。断絶があらわになる社会において、人間を信頼し、魂を結びつける祈りの歌は、今こそ輝きを増していると言えるだろう。

 野上を再顕彰する動きが最近特に活発になっている。昨年は、オリンピック讃歌も収録した詩集「前奏曲」が刊行され、命日のアカシア忌には徳島市で野上作品の朗読会も開かれた。

 今月15日には日本オリンピックミュージアム(東京)で、オリンピック讃歌を紹介するプレートに、野上の直筆訳詞が取り付けられ、公開された。

 こうした活動を支える顕彰団体「野上彰の会」や徳島現代詩協会、徳島ペンクラブなどの思いが、さらに県民全体に広がってほしい。

 オリンピック讃歌の編曲者・古関をモデルにしたNHK連続テレビ小説「エール」が、今春から放送される。古関の出身地は国内聖火リレーのスタート地でもある福島県。オリンピック讃歌の注目度が一段と高まることが予想される。

 野上の祈りの言葉、人間賛歌が高らかに響きわたり、「徳島」の名とともに世界へ届くことを望みたい。