建設省(現国土交通省)が計画していた吉野川第十堰の可動堰化計画について、反対票が圧倒的多数を占めた徳島市の住民投票から、きょうで20年となる。

 「動き出したら止まらない」とされていた国の大型公共工事を巡る初めての住民投票である。その結果は計画を白紙、さらに中止へと追い込んだ。

 大きなエネルギーを生んだのは、政治活動と関わりの薄い市民が続々と運動に関わったからである。住民自治の手本とも評されている。

 政治に対する無関心が広がるいま、住民投票の意義を改めて見直す必要があろう。

 第十堰住民投票の軌跡は、故姫野雅義さんの存在を抜きにして語れない。第十堰の改築計画に関する情報を国が出し渋り、疑問に感じたのがそもそもの出発点だった。

 姫野さんがスタートさせた市民団体の特徴は、国に疑問を投げ掛ける手法を貫いたことだ。政治家や行政に全てを委ねる「おまかせ民主主義」ではいけないという、市民への問題提起でもあったに違いない。

 計画反対を押し出さず、建設省の説明には反証データを示しながら理詰めで返す。真っ向から臨む取り組みで、多くの賛同を獲得していった。

 「住民投票 行こう」「123」(1月23日)といったキャッチフレーズやイラスト入りの黄色いプラカードを持ち、イベントを重ねるなど「楽しさ」の要素を盛り込んだのも画期的だった。

 こうした斬新な試みに共感したのが、主婦や若者らごく普通の市民だった。投票権がなかった高校生も「一緒に考えよう」と同世代に呼び掛けた。新たな形の市民運動が大きなうねりとなり、可動堰化ノーを突き付ける結果を生んだといえる。

 そんな当時の熱気に比べると、若者を中心に政治に対する関心が薄れている最近の傾向は残念というほかない。

 18歳選挙権が始まった4年前から3回あった国政選挙では、徳島県内の10代の投票率はどれも県平均を下回った。しかも36%から25%へ、回を重ねるごとに落ちている。

 住民投票運動に、政治に対する若者の意識を高めるヒントはないだろうか。

 同じ住民投票でも、投票後の動向が対照的なのが、沖縄県の米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設問題である。

 昨年2月に行われた県民投票は、移設埋め立て反対が7割に達した。にもかかわらず、政府は工事を止める気配がない。1996年の投票でも米軍基地縮小に9割近くが賛成したというのに、民意は無視されたままである。

 来月には、徳島と沖縄でそれぞれ住民・県民投票に関わったメンバーが、徳島市でイベントを開く。歌やトーク、ドキュメント映像で運動を振り返る予定だ。

 若い人たちも住民投票運動の意義深さを学ぶ、いい機会となろう。