<この町の人間が/目覚めてるのは/一年の内で/八月の四日間/阿波踊りの間だけだと/いった人がいた>。徳島市出身の漫画家、柴門ふみさんの初期の作品『P.S.元気です、俊平』に、こんなせりふがある

 まさに至言、と共感し、俊平同様<退屈で何もない>古里を抜け出した。縁あって戻り、何もないわけでもないじゃない、と自らの不見識を恥じるようになっても時折、このせりふを思いだした。そんなころ

 それは鮮やかだった。眠ったようなこの街が、目覚める瞬間を見た。吉野川第十堰の可動堰化の是非を問う徳島市の住民投票である

 70年安保の敵討ちといった、かつての闘士もいるにはいたが、運動を支えた大多数は普通の市民だった。そうでなければ、動き始めたら止まらない、と言われた大型公共事業は、止められなかったはずだ。姫野雅義さん=釣り中の事故で2010年に死去=という優秀なリーダーが中心にいたとはいえ

 異議申し立てには代償が伴った。公共工事からはじかれるのを覚悟で運動に飛び込んだ建築家がいた。司法書士だった姫野さん自身、失ったものも少なくなかった。しかし、それでも。住民投票運動のメッセージは、それほど輝いていた

 再び眠りについた街。あれから20年、そろそろ目覚める時刻である。未来は、自分たちで決めよう。