「♯With Yellow」と名付けられた活動をご存じだろうか。センター試験が行われる1月18、19の両日に痴漢することをほのめかすような書き込みが会員制交流サイト(SNS)に多く見られるため、黄色い物を身に着けて車内パトロールし受験生を守ろうという取り組みだ。痴漢被害を報告、共有するアプリ「痴漢レーダー」を立ち上げたメンバーらが呼び掛けた試みで、ツイッターには試験当日、次々と「パトロールした」との報告が書き込まれていた。
なぜ、このような書き込みがあふれるのか。「加害者」たちはSNS上で「大事な試験に遅刻できないため、被害を訴えられづらい」と説明している。
センター試験時、実際に痴漢が急増するのかどうかは分かっていないが、ツイッターには「今日はなんと、試験に向かう制服JKに痴漢したいと思います」「相手が泣き寝入りするしかない、1年に一度のチャンス」などの書き込みが目立つ。記者が検索してみたところ、「(センター試験時の)痴漢は常習者には常識ですね」というようなコメントもあった。
「教育関係者の間では何年も前から問題視されていて、当日は保護者の付き添いを推奨している」との書き込みのほか、実際に被害に遭ったという訴えも。検証は難しいが、単なる「都市伝説」ではないのではないかと思ってしまう。少なくとも「痴漢予告」の多発は受験生を不安にさせるため「♯With Yellow」運動が生まれ、多くの人が監視の目を光らせた。
遅刻できない受験生に付け込んだ加害行為が本当に行われているなら、卑劣極まりない。人生の大一番を前にただでさえ精神的に追い込まれている受験生を二重三重に苦しめ、精神的にも深刻なダメージを与える痴漢行為は許せない。たとえ行動には移さなかったにしても、彼女らをいたずらに怖がらせる書き込みは悪質だ。
そして「CHIKAN」と言えば海外でも通じるほど、電車内での性暴力が横行している日本社会の闇を感じずにはいられない。
そもそもなぜ痴漢は軽視されがちで、いつまでたってもなくならないのか。その答えは、龍谷大犯罪学研究センターの牧野雅子博士研究員による著書「痴漢とはなにか-被害と冤罪をめぐる社会学」の中に見つけることができる。
同書によると、痴漢は古くから一種の「カルチャー」のように存在し、性的娯楽として消費され続けてきたのだという。1950年代から男性作家らが痴漢行為を肯定的に語り、後に「痴漢を楽しむ女性像」がつくり出されていく。1990年代には「痴漢ブーム」とも呼ぶべき現象が起き、男性大衆誌がこぞって「痴漢体験記」や「痴漢しやすい女のタイプ解説」などを特集した。
そして2000年代を迎えると、今度は「冤罪」がクローズアップされるようになる。同書を通じて「痴漢の歴史」をひもとくと、戦後から現代にかけて、痴漢を深刻な性暴力と捉え、実態をあぶり出した上で対策を講じていくという観点が抜け落ちてしまっていることが分かる。
そんな中、監視の目を張り巡らせることで痴漢行為を抑止しようとした「♯With Yellow」が生まれたことは明るい兆候といえる。それでも、市民による草の根運動には限界があり、撲滅にはなかなかつながりにくいだろう。解決のためには、加害者をきちんと罰するための法改正や取り締まりの強化、被害を訴えやすい環境の整備など、国を挙げた抜本的な取り組みが必要だ。
女性が交通機関さえ安心して利用できず、公共の場で少なからず性暴力被害を受けるこの国の現状は、異常だと思う。東京五輪を前に昨夏、コンビニから成人雑誌が消えたように、海外の目を気にしての措置でもなんでもいい。深刻な被害を受けながら泣き寝入りするしかなったり、満員電車の中で加害におびえたり。つらい思いをする女性がいなくなる日が、一刻も早く来ることを願う。(え)
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