あれほど熱を帯びた運動だったというのに、なぜだろう。吉野川第十堰問題を巡る徳島市の住民投票と聞くと、決まって頭に浮かぶのは、静かな街の雪景色なのである。

 そこは県庁に近い国道の歩道。市民団体のメンバーが、投票を呼び掛けるプラカードを手に並んだ。運動期間の終盤、冷え込みが一気に強まり、雪の日が続く。寒さがしんしんと身にこたえる。それでも皆、プラカードを掲げ、黙って立ち続けた。

 当時の取材ノートに「ぼたん雪降る」と書き留めてある。<私の上に降る雪は/真綿のやうでありました>。中原中也の詩『生い立ちの歌』の一節と印象が重なっていたのが、忘れられない。

 ちょうどこのころ、活動への参加希望が殺到し、プラカードの印刷が追い付かなかったという。真綿のような白に映える、シンボルカラーの黄色い列。静かなのに迫力は十分だった。

 住民投票から20年となったきのう、天気は当時と打って変わって穏やかだった。プラカードの列が復活すると、あの熱気がよみがえってきた。公共工事にしろ何にしろ「人任せではいけない」。集まった人たちの思いも全く移ろっていない。

 『生い立ちの歌』には、こんな一節もある。<私の上に降る雪に/(略)/長生したいと祈りました>。築270年近くになる第十堰だって変わらず、いま生きている。