日本と米国が、現在の安全保障条約に署名してから60年の節目を迎えた。

 安保体制の下、日本は「軽武装・経済重視」の路線を推し進め、高度経済成長を成し遂げた。ただ、行き過ぎた対米追従が目に付くようにもなっている。日米関係の在り方を見直す機会にしたい。

 日米安保の旧条約は1951年に締結された。日本は米国の同盟国になり、米軍の駐留を認めた。60年に改定された現条約は双務性を目指し、米国に日本防衛を義務付け、日本に基地提供を課した。

 日本が再び戦禍を被らなかったのは、日米同盟が大きな役割を果たしたと言える。

 安保体制が変容していくのは冷戦が終わってからだ。

 91年の湾岸戦争で米国は日本に人的貢献を求めたが、当時の海部俊樹政権は平和憲法を盾に、130億ドルの資金拠出で応えた。だが結局、初の自衛隊の海外派遣に踏み切り、戦後にペルシャ湾で機雷掃海に当たらせた。

 それ以降、インド洋での給油活動、イラク南部サマワ駐屯へと、米国の要請によって海外派遣が拡大していく。

 憲法よりも日米同盟が優位にあると言われるのも無理はない。

 その原点は、安保条約改定1年前の砂川事件の裁判にある。1審で「駐留米軍は憲法違反」と断じたものの、最高裁はこれを破棄。安保条約など高度に政治的な問題は裁判所の違憲立法審査権の範囲外とする「統治行為論」を採用した。

 この砂川判決に関しては、米国の介入をうかがわせる資料が約10年前に見つかり、正当性を疑問視する声がある。

 ただ、判決の後、日米安保を巡る住民の訴えは、統治行為論を基に退けられてきた。騒音公害など米軍基地問題に苦しむ人たちの救済が進まない要因とされる。

 また、「必要な自衛のための措置を取り得る」との判決での指摘は、違憲性の高い集団的自衛権行使を現政権が解禁する際の論拠とされた。

 日本には憲法と安保法の二つの法体系があり、後者が前者を凌駕する構造があると唱えた、憲法学者の故長谷川正安氏の説を裏付けている。

 対米追従の姿勢は、駐留米軍の特権を認めた日米地位協定が一度も見直されていないことにも表れている。

 それはますます顕著になっている。現政権は兵器を大量購入し、自衛隊の中東海域への派遣も決めた。地元の意向を無視して普天間飛行場の辺野古移設を進めてもいる。

 さらにトランプ米大統領は、思いやり予算(本年度1974億円)の5倍増を求めているという。これが応分の負担と言えるのか。

 安倍晋三首相は「安保条約の双務性は確保していると、トランプ氏に最初に会った時に伝えている」と述べた。それならば、主張すべきは主張しなければならない。自国第一主義の強硬外交を続ける米国の言いなりでは危うい。