あの橋のたもとで、何とかさんがタヌキに化かされて、一晩中ぐるぐる回っていたらしい、といった話を小さなころ、母親から聞かされたことがある。あの橋も、あの人も実在し、真に迫った話しぶりだったけれど

 母親も人づてに聞いた昔話にすぎず、真偽の程は不明、というか、酔っぱらっていただけに違いない。幼心にも、そうは思いつつ、「ひょっとして」。1960年代にはまだ、そんな話があってもおかしくない場所が残っていた

 高度経済成長を経て、川はコンクリート護岸で覆われ、あの古ぼけた橋も2車線の立派な橋に生まれ変わった。人を化かしたタヌキも、今ではすっかり居場所を失ってしまったようである

 アニメーション映画監督の高畑勲さんの「平成狸合戦ぽんぽこ」は、巨大ニュータウンの建設ですみかを追われるタヌキたちを描く。小松島の金長さん、現在移転話の持ち上がっている金長神社も登場するが、建設阻止の戦いは結局、実らない

 草木や動物たちが語り継いできた物語を踏み荒らし、人間は何を得たのか。「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「火垂(ほた)るの墓」「かぐや姫の物語」・・・

 亡くなった高畑監督は、作品を通じて「人にとって幸せとはなにか」を問うた。「失う」ことの大きさを考えながら、もう一度、物語に触れたいと思う。