官邸による官僚支配が、ついに検察組織までのみ込もうとしている。検察トップ、検事総長の人事を巡る問題だ。

 安倍晋三政権は、東京高検検事長、黒川弘務氏の定年を半年間延ばすよう閣議決定した。検察幹部の人事に官邸が介入するなど、異例というより前代未聞だ。

 黒川氏は8日に63歳となり、検察庁法に基づき定年になる。退官すれば総長就任の道は途絶えるため、名古屋高検検事長の林真琴氏が本命視されていた。ところが、定年を控えた先月末、官邸が定年延長の奇策を繰り出し、次期総長へのはしごを掛けた。

 現在の稲田伸夫総長は、今夏までに勇退する見通しだ。経緯をみれば、黒川氏が後任に座るのは確実だ。

 問題の核心は、「ごり押し」のそしりを受けてまで、安倍政権がなぜ黒川氏にこだわるのか、である。

 検察官は刑事訴訟法により、容疑者を起訴・不起訴にする権限を独占的に有している。「生殺与奪」を握ると言えるほどの強い権力だ。

 そうした一人一人の検察官を束ねる規範として、「検察官同一体の原則」がある。

 検察官ごとに判断や法令解釈が違っては、長期に及ぶ公判での反論や事態の変化に耐えられない。まして、摘発する対象が権力者なら、組織の意思として対峙しなければならない。

 例えば、政治家を対象に強制捜査に入る時、起訴などの節目には、検事総長の了承が必要となる。組織の命運が懸かる重大事件で、最高の指揮監督権限者の意向を無視して、現場が強制捜査に踏み切ることなどあり得ない。

 そこには、首相や法相が立ち入れない世界がある。政権が検察に対して指揮権を発動すれば、捜査介入として批判にさらされ、政権自体を揺るがす事態となる。

 過去の教訓を踏み台に、検察人事に介入しないことが、「政権と検察」間の不文律となった。その「検察ピラミッド」の頂点を決める人事が、政権の意向に沿う形で押し進められている。権力同士の緊張は損なわれないだろうか。

 黒川氏は優秀な法務官僚として知られる。「共謀罪」法案などを通して、政権と検察の橋渡し役になったとの指摘もあるが、それ自体は、検事総長としての力量や資格を左右するものではない。

 より深刻なのは、官邸の介入によって検察トップが決まろうとしている現実だ。

 目下の焦点だったカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡る汚職事件は、衆院議員秋元司容疑者のみを立件することで事実上終結した。こうした捜査の局面で政権への忖度が疑われる事態が生まれるのは、検察にとっても、国民にとっても不幸だ。

 政治権力の人事介入を許した法務・検察当局の気概のなさを嘆かざるを得ない。何より、「法の番人」を自負する現場の士気に影響を及ぼすことを恐れる。