【左】「家族」と題された油絵【右】水彩画の自画像

故椋本隆志さん

亡き隆志さんの画集を出版した椋本さん夫妻

 画家を志しながら26歳で夭折(ようせつ)した息子が描きためた絵を、両親が画集にした。徳島市の椋本三根雄さん(84)正子さん(82)夫妻が出版した「椋本隆志作品集1961~1987」。次男隆志さんの独創的な抽象画や青春の苦悩を描いた作品が収められている。2人は「鎮魂の意味を込め、息子が生きた証しを残したかった」と話している。

 隆志さんは1987年7月に亡くなった。死後30年が過ぎても、自宅には隆志さんの描いた絵が手つかずのまま山のように積まれていた。正子さんが知人を通じて徳島文理大の仁宇暁子准教授に相談したところ、画集にして出版することを勧められた。仁宇准教授は「作品を見て、これはただごとではないと感じた。描かざるを得ない欲求に突き動かされたものばかりで、魂の叫びが聞こえてきた」と振り返る。

 仁宇准教授が画集に載せる作品を選び、五つのテーマに分類した。「家族」と題された抽象画は、裸の男女と子どもを重厚なタッチで描いた油絵。明るい色を使った水彩画の自画像など82点が収録されている。

 隆志さんは登山にも興味を持ち、高校時代には国体の山岳踏査登山競技少年男子で徳島県チームの一員として3位に輝いた。東京農業大在学中には、途中で断念したもののエベレスト登頂にも挑戦した。

 絵と山が好きだった隆志さんは大学卒業後に就職せず、東京の専門学校で絵やデザインを学んだ。2年後に食品メーカーに就職したが、絵の道に進みたいとの思いを捨て切れなかったようだ。

 両親はこの時期のことを悔いている。「絵で飯を食っていくのは難しい。安定した会社勤めをしろと諭した」と三根雄さん。正子さんは「隆志の気持ちをもっと尊重してやれば良かったと、今になってつくづく思う」と悔恨の念が消えることはない。

 隆志さんは大学の美術部卒業展のパンフレットに「一貫して求めてきたテーマは『人間の真の幸せとは』であったと思う。こういった作品は今後描かないかもしれません。それは僕自身が大人の仲間入りをしたからかもしれません。ウソ」と書いている。両親は「幸せや人生の意味を若者らしく自問自答し続け、隆志は短い一生を駆け抜けた。隆志が存在したことを何とかして形にしたかった」と話している。