カーブがまるで打てない。打率は下がり、ホームランも半減。2軍落ちの危機が迫る。スランプに陥った野村克也さんがもがき苦しんでいた時、見ず知らずの人からガリ版刷りの冊子が送られてきた。

 米大リーグの伝説の強打者テッド・ウィリアムズの『打撃論』。そこには驚くべきことが書かれていた。「私は投手が次にどんな球を投げてくるか、7、8割は分かる」。ストレートと変化球では、投手の投球動作のどこかに違いが出ると説いていた。

 ブルペンで投手を観察すると、確かに球種によってフォームが微妙に異なる。それから、あらゆる投手の癖を探り出し、配球や心理まで読むようになった。

 「ID野球」でプロ野球に変革をもたらした野村さんが亡くなった。「名選手、名監督にあらず」と言われるが、いずれでも文句のつけようのない成績を残した。その原動力は劣等感だと語っている。

 テスト生で南海に入団したが、1年で解雇を通告される。「母を楽にさせるためにプロに入ったんです。母を悲しませるわけにいかない」と懇願し、首がつながった。人と同じことをやっていてはだめだ。そう気付き、「弱者は頭を使うしかない」という野球哲学に行き着いた。

 どん底からはい上がった野村さんの言葉は人生訓にあふれる。味わい深い、あのぼやきをまだまだ聞きたかった。