国の隔離政策の誤りを断罪した2001年のハンセン病国賠訴訟判決の後、国立療養所大島青松園(高松市)への訪問者が急増した。中でも徳島からが突出している、と以前、職員に聞いたことがある。

 もちろん、一人の力ではないけれど、元県職員、十川勝幸さんの流した汗が、数字のかなりの部分に含まれているのは疑いがない。退職前から県ハンセン病支援協会の活動に携わり、現在は協会長を務めている。会員は1万人余り。これも他県に比べて、突出した数字だ。

 23日、啓発活動の一環で結成した阿波市の市民劇団「千の舞い座」の旗を降ろした。ハンセン病をテーマにした人権劇を、県内外で演じて157回になる。差別や偏見で元患者が失った古里とのつながりを、何とか回復させようとする試みは、各地で共感の輪を広げた。

 もう役割を終えたということですか? 「いや、そうではないんです。4月には80歳になります。劇団員の平均年齢は70歳を超え、続けるにも年を取りすぎました」。

 「環境は大きく変わったけれど、ハンセン病回復者の皆さんは、今も社会に遠慮しながら生きている。身内から患者を出したと知られないか、いまだにおびえている家族もいます」。

 取り返しのつかない間違いの、その教訓は生きているか。これからも、講演などで問い続けていくという。