修復した三千良の頭を手に取る甘利さん。7月に披露される=美波町奥河内の日和佐図書・資料館

 美波町で、作者として「三千良」と刻まれた江戸時代後期の阿波人形浄瑠璃の頭(かしら)が見つかり、人形師「人形洋(よう)」こと甘利洋一郎さん(72)=徳島市勝占町原=が修復した。人形師「三千良」の名前は歴史に残っていないが、甘利さんは「名人にも匹敵する職人の技とプライドがこもる」と評価する。約170年の時を経て、江戸後期の名工に光が当たった。

 見つかった三千良の人形は6個。このうち5個の頭の内側に「吉井村 三千良作 天保十二年(1841年)」と内銘が刻まれている。三千良の読み方は不明。残る1個は「道良作」とあるが、仕上げ方や筆跡から同じ人形師が作ったとみられる。

 美波町は同町赤松で明治初期まで活動していた人形浄瑠璃座「赤松座」の復活を目指し、町所有の頭の修復を甘利さんに依頼。甘利さんは昨年7月、保管されている日和佐図書・資料館(同町奥河内)を訪れ、三千良の頭の出来栄えに驚いた。

 甘利さんによると、三千良は立体的な彫りや研磨の仕方、表情の造りなどの技術が卓越している。明治時代に活躍した名人の「人形富」や「人形忠」の技と比べても遜色ないという。

 甘利さんは、6個のうち「剣別師」と「女房」の2個を昨年12月から5カ月間かけて修復。同時に「阿波木偶」を研究する芝原生活文化研究所代表の辻本一英さん(65)=徳島市国府町芝原=と三千良の調査を始めた。頭に残る「吉井村」の記述から、阿南市吉井町(旧吉井村)の神社や村で活動していた「吉井座」の人形を調べたが、手掛かりは今のところない。

 これまでに全国で3千以上の人形を調査した辻本さんは「江戸時代後期の新たな名工が発見された意義は大きい。今後も調査を続けたい」と話す。甘利さんは「無名の人物がここまで素晴らしい仕事をしていることに、阿波の人形師のすごみを感じる。もっと作った頭を見てみたいし、どんな人だったのか知りたい」と思いを巡らせた。

 甘利さんが修復した人形は、町が7月17日に開く赤松地区防災拠点施設の落成式で披露される。施設に常設展示し、演目でも活用する。