徳島地裁

 選任手続きの日、「どうせ選ばれないだろう」と軽い気持ちで裁判所へ足を運んだ。

 結果は「まさかの大当たり」。職場にすぐに伝え、特別休暇を取らせてもらった。やってみたいとひそかに思っていたので、うれしかった。

 しかし法廷に入ると、そんな気持ちはしぼんだ。裁判員席と向かい合う形の傍聴席には、ずらりと人が並ぶ。被害者は来ているのだろうか、その家族は―。兄とみられる、被告の男とそっくりの男性も座っていた。「あの人の弟を裁くことになるのか」。身が引き締まるような思いがした。

 「外が怖くてたまらない。外出できず、将来の夢も諦めた」。

 検察官が読み上げる被害者の陳述調書に、息をのんだ。これまでの人生で、性犯罪について深く考えたことはなかった。「被害者の生活と人生を破壊し、一生引きずっていかなければいけないような傷を残すものなんだ」。衝撃だった。

 被告人席でうなだれる男は、大柄で屈強だった。学生時代はずっと、野球をしていたらしい。言動や振る舞いに粗暴な雰囲気はなかったが、「犯行の時は目の色を変えてたんだろうな」と想像した。そう思うと男性の自分でも恐ろしく、被害女性の計り知れない恐怖を思った。

 男は被告人質問で「父が職場で立場をなくし、一人で昼ごはんを食べている。家族に迷惑をかけて申し訳ない」と、泣いた。腹立たしかった。自分のしたことを棚に上げ、何を言っているのだろうと思った。しかも被告は同様の罪で服役し、矯正プログラムを受けていた。再犯の可能性は高いと思った。

 それだけに、検察側の求刑には驚いた。「軽すぎる」。他の裁判員も同じ感想を持っており、求刑より1年長い懲役9年とすることに決めた。

 男は控訴せず、一審判決が確定。議論を尽くして導き出した結論を受け入れてくれて、ほっとした。反省して二度と同じことをしないでほしいと、心から願った。

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 裁判員を経験してから8年半。あの時の被告も、そろそろ社会へ戻ってくるかもしれない時期だ。「どこかで偶然出くわすかも」と思うと、少し怖い。でも、反省はきちんとしたのか判決をどう受け止めたのか、聞いてみたい気もする。

 被害女性に対しては、時々思いを巡らせていた。大人になっているはずの彼女は、元気に過ごせているだろうか。考え抜いて出した判決だけれど、それでも「軽すぎる」と思われていないだろうか―。罪を犯した人に判決を下すという経験はとても貴重だった一方、重くて恐ろしくもあった。

 それでも、やって良かったと思う。裁判員をきっかけに、自分自身が変わったと感じるからだ。

 あれから、仲間うちでの飲み会の席で交わされる卑わいな冗談に嫌悪感を抱くようになった。女性に対して乱暴に性行為を強いるようなアダルトDVDの話題になった時は、「一体どんなつもりでそんなものを作っているのだろう。見る方も見る方だ」と怒りがわく。性暴力が被害者に与えるあまりにも大きな苦痛を、知ったがために抱く気持ちだった。

 担当した事件と同じようなニュースを見ると「自分だったらどう裁くだろう」と考え、被害者に思いを寄せるようにもなった。

 周りの人を、被害者にも加害者にもさせたくない。そんな気持ちが芽生え、子どもの教育のためPTA活動などにも積極的にかかわってきた。裁判員参加により、今は自分と社会の距離がぐっと近づいたような気がしている。裁判所からもらった裁判員裁判参加を証明するバッジは、今も大切にしている。

【事件の概要】2010年6月、元被告の男=当時(30)=が徳島市で10代女性を車に連れ込み、体を触ったり下半身を触らせたりした上、10日間のけがを負わせた。同年8月には他の女性2人に対しても、わいせつ目的などで暴行を加えた11年6月に開かれた裁判員裁判で強制わいせつ致傷罪などに問われ、徳島地裁は求刑を1年上回る懲役9年を言い渡した。裁判長は判決理由で「更生には長い期間が必要。求刑はやや軽い」などと指摘。被告は控訴せず、一審判決が確定した。