セクハラやドメスティックバイオレンス(DV)をどう防ぐかを、男性の視点から考える講演会が2018年12月、阿南市の富岡公民館であった。DV防止に取り組む男性中心のグループ「パープルシードあなん」が主催し、1990年代から「メンズリブ」活動を続ける中村彰さん(71)=大阪府=を講師に招いた。中村さんは京都新聞で記者などを務めた後、とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長などを歴任している。講演の要旨を紹介する。  

「男性も、暴力という問題に自分ごととして向き合うことが必要」と語る中村さん=阿南市の富岡公民館


 平成元年(1989年)は、性犯罪に対する女性の動きが始まった年です。「性暴力を許さない女の会」が結成され、鉄道会社などに痴漢防止の啓発をするよう働き掛けが始まりました。

 きっかけになったのは、その前年に起こった、大阪の地下鉄御堂筋線で痴漢を止めようとした女性が加害者にレイプされた事件です。働き掛けの結果できたのは「めいわく行為の被害にあったら、ためらわずに大きな声を出してください」というコピーの広告。あいまいな表現で何を言いたいのかよく分からないものですが、とにかく一歩でした。

 その頃、女性学を学ぶ人と知り合ったことをきっかけに、女性集会によく参加するようになりました。女性の課題が語られる中、男性はぽつんと私1人。「なんやあいつは」という厳しい女性の視線を感じました。

 ジェンダーに関わる問題では、「男性vs女性」ではなく、「古い価値観の男女vs新しい価値観の男女」と見る方がいい。「女性の問題」というくくり方もいいんですが、それがネックになって動きが広がらないこともある。また全ての女性が、女性の問題に敏感に反応するとも限りません。

 91年、京都新聞に勤める傍ら、仲間と大阪でメンズリブ研究会(のちに「メンズセンター」に改組)を立ち上げ、2カ月に1回ほど、自分たちの「男性性」を見詰める例会を持ちました。中には同性愛の人ら性的少数者もいたため、アンケートの性別回答欄には男女以外の第三の選択肢も設けていました。

 結成当初は、女性記者が「男性もやっと気付いてくれた」というメッセージを込めて記事を書いてくれることが多かった。

 96年からは、講座やワークショップで男性がジェンダーを考える「男のフェスティバル」というイベントを開催するようになったんですね。その頃から自分の問題として捉え、取材してくれる男性記者が増えてきた。中国新聞では1年半にわたって、男性の生き方を考える「男はつらいよ」という連載が掲載されました。

 男性は自慢話はたくさんしますが、「しんどい」と言えない。一人一人の悩みに寄り添おうと、男性のための電話相談という取り組みもメンズセンターから生まれました。DVが大きな課題として見えてきてからは、加害者更生のプログラムも行ってきました。

 暴力という問題に対しては、男性が自分ごととして認識できるかどうかが大きなポイントとなります。被害者になる男性もいますが、数としては加害者の男性が多い。「自分はDVなんてしていない」と思っていても、裏では妻が「実は夫が・・・」と相談していることだってある。「自分もそうなるかも」と考え、向き合う必要があります。

 年を取ってジェンダーの擦り込みから解放されようと思っても、時間がかかる。幼い頃からジェンダー平等な関係を教えること、そして相手といい関係を築くための性教育が重要です。女性だけでなく、男性も学ぶべきだと思っています。

セクハラやDV 男性視点で撲滅

 男性が主体となって暴力撲滅を目指す活動に「ホワイトリボンキャンペーン」がある。1991年にカナダでスタートし、現在50カ国以上に広がる。

ホワイトリボンキャンペーン・ジャパンの公開講座の告知。さまざまな啓発活動を展開している(ウェブサイトより)

 日本での取り組みは2012年に始まり、16年には一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン(代表理事=多賀太・関西大教授)が設立された。暴力を振るわないだけでなく、社会にある女性への暴力を許さず、沈黙しない「フェアメン」を増やそうと啓発活動をしている。中村彰さんも運営委員として参画している。

 「パープルシードあなん」は、男性の視点でDVのない地域づくりを目指して啓発や教育などに取り組む。13年に阿南市で開かれた「日本女性会議」でのDV分科会メンバーを中心に結成された。毎月第2火曜午後6時半から阿南市富岡町のひまわり会館で、定例会を開いている。問い合わせは代表の福谷美樹夫さん<電090(1003)6352>。

(2018年12月16日 徳島新聞掲載)=肩書きなどは当時