女性差別の歴史について語る角田氏=徳島市のふれあい健康館

 徳島ラジオ商事件(1953年)の再審請求弁護団の1人だった角田由紀子弁護士が「女性差別の歴史を学ぶ」と題して徳島市のふれあい健康館で講演した。ドメスティックバイオレンスや性暴力被害者の支援に取り組んだ経験を基に、家父長制や根強い性別役割がもたらす女性差別について語った。要旨は次の通り。

 ラジオ商事件で殺人犯にされた冨士茂子さんは、女性は法律婚で幸せになれないと確信して事実婚を選んでいた。取り調べにも毅然と応じ、当時の「女らしい女」の枠にはまらなかった。だから男性社会の検察や裁判所にたたかれた。

 司法が女性に対していかに敵対的で、人権を守るのではなく奪うものか。事件を通じてそう知り、弁護士としての仕事の方向性を定める原点となった。

 歴史を振り返ると、明治時代から敗戦までは男性優位の家父長制が基本構造だった。妻は男子を産むのが務めとされた。生殖の義務化は、性行為において妻の意思の尊重を否定し、女性に性的自由は存在し得なかった。

 女性は高等教育も制限され、受けられたとしても良妻賢母の育成が目的だ。社会で「重要な仕事」をする男性を、無償労働で支えるよう強いられた。厳格な性別役割分業が家制度を下支えした。

 「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と定めた24条など、重要な条文を盛り込んだ日本国憲法は男女平等社会の構築をうたう。しかし、現実はどうだろうか。

 日本のジェンダー・ギャップ指数(2019年)が121位だったのは実態を反映している。政治、経済で特に低く、女性が両分野から排除されていると分かる。女子受験生に対する医大の減点問題も明らかになり、今なお社会の根底には、微塵も揺るがない岩盤として女性差別があると確認された。

 社会構造だけでなく、家制度や性別役割は普段の生活にも根強く残り、骨身に染みている。

 例えば男性は結婚の際、女性の父親に「お嬢さんをください」と言う。礼儀と思っているのかもしれない。ただ、このせりふは結婚に戸主の同意が必要だったことが起源だ。子どもを長女、次男などとも呼ぶ。家制度下で序列を付ける名称を、なぜ後生大事に使っているのだろうか。

 おもちゃや服の色が男女で分かれているなど、性別役割を支えるような考え方も幼少期から刷り込まれる。

 女性差別は日常にあふれ、医大の減点問題のように意図的に隠されている。埋もれた差別を見つけ出す目を持ち、根絶していくべきだ。ジェンダー平等社会を次世代に渡すのは私たちの責任。女性差別を過去の歴史にしなければならない。

 つのだ・ゆきこ 1942年、福岡県生まれ。東京大卒業後、72年に司法試験合格。ミシガン大ロースクールに留学後、明治大法科大学院教授などを務めた。東京強姦(ごうかん)救援センターリーガルアドバイザー。著書に「性と法律」「性差別と暴力」など。