徳島白菊特攻隊員らの冥福を祈って打ち上げられた白い花火=2018年4月8日、月見ケ丘海水浴場

 第2次世界大戦末期に沖縄の海に散った旧徳島海軍航空基地(松茂町)の徳島白菊特攻隊員を追悼する花火の打ち上げが、今年で幕を閉じる。花火の名称「白菊」が商標登録に伴い使用できなくなったため。最後の打ち上げは4月4、5両日に行う。

 1975年から続いていた特攻隊の慰霊祭が2008年に終了したのを知り、尊い命が犠牲になった歴史を広く伝えようと澤内健司さん(47)=小松島市中田町、不動産業=が10年から追悼花火を始めた。

 「白菊花火」と名付けて毎年5、6月に、特攻隊の出撃日に合わせて松茂町の月見ケ丘海水浴場などで白一色の花火を上げた。18年からは、県内のウミガメ上陸に配慮し、特攻が命令された4月上旬の1回に変更した。

 新潟県長岡市の花火製造会社が「白菊」を商標登録したため、同じ名称の花火は商標権侵害になり、18年から「白い花火」に名称を変更。しかし、澤内さんは「白菊という名を使うことに意味があった」として、戦後75年の節目の年に追悼花火を終える。

 今後も15年に復活した慰霊祭への参加や海岸の清掃を続ける。澤内さんは「花火とは違う形になっても、平和を願う歴史の継承に関わっていきたい」と話している。最後の打ち上げは4、5両日とも月見ケ丘海水浴場で午後8時ごろから。

 徳島白菊特攻隊 第2次世界大戦末期の1945年4月に旧徳島海軍航空基地で結成された。鹿児島県串良基地で偵察練習機「白菊」に搭乗。沖縄県沖で展開する米海軍の艦隊に向けて出撃した。28機の若者56人が亡くなった。