宍喰町(現海陽町)出身で、1日に80歳で死去したプロ野球阪急(現オリックス)、日本ハム元監督の上田利治氏の葬儀・告別式が6日、横浜市青葉区の公益社会館たまプラーザでしめやかに営まれた。球界関係者ら約250人が参列。阪急時代に日本シリーズ3連覇を果たすなど球界の発展に尽くした名監督の功績をしのび、別れを惜しんだ。

 好きだった菊の花で飾られた祭壇の中央には、2003年に徳島県出身者として初めて野球殿堂入りした際の笑顔の写真が置かれた。戒名は「勇徳院智将利勲居士(ゆうとくいんちしょうりくんこじ)」。阪急ブレーブスの「勇」の文字が入れられた。

 出棺前には、遺影を手にした喪主の妻勝子さん(79)が「多くの方にかわいがられ、大好きな野球と関わることができた良い人生だったと思う」とあいさつした。

 広島の山本浩二元監督は入団した際にコーチだった上田氏について「熱血指導の人。思い切りの良さの大切さを教わった」と闘将の死を悼んだ。

 「いつも自分は怒られ役だったけど、それが発奮材料になった」と振り返るのは阪急時代に指導を受けた松永浩美さん。「『いい野球人生でしたね』と声を掛けた。厳しく熱い魂は後進に受け継がれるはずだ」と語った。