徳島中央公園にすむ猫。人の姿を見るとのっそりと姿を現す=徳島市徳島町城内

 吾輩(わがはい)は猫である。名前は・・・、多分あった。けれども、ここにすみついてからは、トラだのシマだの、中には猫ちゃんと呼ばれ、本当の名前が分からなくなった。

 どこで生まれたかも記憶に無い。気付けばここにいた。最初は途方に暮れたが、とにかく生きていかねばならない。ひもじい思いもしたが、ここにいれば、何かしら食べ物にありつけることを知った。

 のんびり暮らしているように見えて、なかなか大変である。ある日、人間がやってきて、病院に連れて行かれた。訳が分からないまま意識を失い、気がつけばまたここに帰っていた。何をされたのか、腹がチクチク痛んだが、いまだに謎だ。

 仲間は昔はかなりいたようだ。徐々に少なくなっていると感じている。時々、新参者に出くわすものの、たまにけんかをするぐらいで、まあ平和に暮らしている。

 明治の文豪・夏目漱石の「吾輩は猫である」は、猫が一人称で語りながら人間社会を風刺する傑作である。今でもその内容が通じると感じるのは、人間社会がそれほど変わっていないということだろうか。徳島中央公園にすむ猫を見るたび、この小説を思い出す。