高木副官の孫高木康男さん(左)と談笑する松江所長の弟の孫松宮伊佐子さん、克昌さん夫妻=仙台駅前

 第1次世界大戦時、鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所でドイツ兵捕虜を人道的に扱った松江豊寿(とよひさ)所長(1872~1956年)と、松江を名参謀として支えた高木繁副官(1886~1953年)の親族が8日、仙台市のホテルで対面した。1920年に収容所が閉所されて以来、「両家の親族の対面は恐らく初めて」。板東でのベートーベン「第九」のアジア初演から来年で100年を迎えるのを前に、初演を導いた2人について語り合った。
 
 松江所長の弟春次の孫、松宮伊佐子さん(72)と夫克昌(かつよし)さん(73)=東京都文京区=が、仙台で暮らす高木副官の孫、高木康男さん(58)を訪ねた。
 
 松宮さん夫妻と高木さんは最近、鳴門市ドイツ館をそれぞれ訪問。高木さんの存在を知った松宮さん夫妻が「ぜひ会いたい」と申し出て、同館が仲介した。
 
 伊佐子さんは大伯父の松江に会ったことはないが、製糖業で成功して南洋開発に尽力した祖父春次と併せ、自らのルーツを夫と調査。1月に都内で開かれた福島県人会の会合では、同県会津若松市出身の松江兄弟について講演した。
 
 一方、高木さんは祖父の他界後に生まれたが、孫世代で最も板東の歴史に関心がある。祖父の出身地・香川県丸亀市の研究家と協力し、祖父が第2次大戦後に旧ソ連で抑留され、亡くなったことなどについて調べた。
 
 板東収容所の人道的な運営には、高木副官の存在が欠かせない。堪能なドイツ語を生かしてドイツ兵捕虜とのパイプ役になり、松江所長を支え続けた。
 
 「高木副官がいたからこそ、松江は信念を貫けた。お孫さんと会えることは感激です」と伊佐子さん。高木さんも「よほど2人は波長が合ったのでしょう。2人が残した板東の史実をもっと広めていきたい」と語った。
 
 松宮さん夫妻と高木さんは2018年6月、鳴門市の「第九」100周年記念演奏会への参加を計画中。「今度は、ゆかりの深い徳島で語り合えれば」と期待を込めた。