東京・霞が関のSENQ霞が関

特集 とくしま創生アワード 古里で「夢」実現へ
Uターン若手3人が体験談東京セミナー

伝統文化と異色コラボ 永原さん
徳島発の大企業目指す 坂東さん 
地元との協力関係大切 伊東さん


 徳島とチャレンジしてみませんか―。徳島を元気にする事業プランコンテスト「とくしま創生アワード」実行委員会が6月15日、初の試みとして開いた東京セミナー。会場となったオープンイノベーションオフィスSENQ霞が関(東京都千代田区)には、県出身の大学生や社会人など80人が集まった。登壇したのは、Uターンを経て県内で新規事業に取り組む若手3人。社会起業家の育成に取り組むNPO法人ETIC(東京)の宮城治男代表理事=小松島市出身=がコーディネーターを務めた。パネルディスカッションは「いかに地域で受け入れられたのか」など、参加者の率直な質問に登壇者が答える形で進み、大いに盛り上がった。

会場 地域で認められるために何をしたか。
 
永原 両親が大阪出身のサーファー。よそ者とかサーフィンに対する価値観を変えてもらうために藍染の力を借りている。
 
宮城 藍をやるようになって地域の人の見る目が変わった?
 
永原 手が青いと褒められるんですよ。藍や遍路には、サーフィンにはない歴史と信頼がある。藍染のおかげで、僕自身のことも信頼して見守ってくれる人が増えてきた。
 
伊東 那賀町で30年放置されていた森のような茶畑をお借りした。それを整地しきったことで、壁を一つ越えたような気はしている。途中で諦めていたら今のような協力は得られなかった。都会ではやりたいことをどんどん口に出す方がうまくいくのかもしれないが、地域ではまず聞くこと。自分のやり方はいったん抑えて、地域の皆さんが長年守ってきたやり方をしっかり聞くことで、少しずつ信頼関係が築けていくのではないか。
 
会場 徳島の大学生だが、都会に出てくると地元の良さをうまく表現できない。
 
伊東 よく食の話をする。都会にもおいしい食べ物はいっぱいあるけど、「さばきたてのシカ肉食べたことある? 私はある!」と。変に味付けをせず、塩こしょうや酢じょうゆでシンプルに。それが命をいただくということで、本当の豊かさではないかという話をすると、皆納得してくれる。
 
永原 僕の場合は特殊で、サーフィン業界では「海部から来た」と言えば皆が一目置いてくれる。外国でお遍路を紹介したら、「Shikoku」を知っている人間が必ずいる。資本主義的な価値観では徳島というのはあまり面白みのない場所かもしれないが、「徳島がすごい」という世界が実はある。例えば代官山のライブハウスのプロデューサーが、那賀町の農村舞台に魅せられて地域おこし協力隊に着任した。そういうものを自分で探し出してほしい。
 
坂東 東京は人も金もあって潤っているけど、非効率な部分もたくさんある。「VS東京」ではないが、「徳島も勝てるものをつくれるぞ」っていう反逆心を持つのもいい。
 
宮城 地域に対する価値観はこの10年ほどで大きく変わった。今、われわれの所に来る大学生にとって徳島は「いけてる場所」で、神山町や上勝町は面白い町の象徴。徳島を一度外から見てみると、コンプレックスのようなものはなくなるかもしれない。
  
会場 町おこしをするには「若者、よそ者、ばか者」と聞く。東京の学生で徳島に行ったことはないが、どうやって「ばか者」を呼び寄せるのか。

坂東 徳島では地域おこし協力隊が、任期後も割と定着している。それは地域に「ばか者」を応援する大人がいるから。行政やメディアにも多いと感じる。そういう面をどんどん発信して、「挑戦しやすい」という土地柄を出すのはいいかもしれない。

永原 「ばか者」っていうのは資本主義社会における少数派だと思う。たくさんお金を稼ごうと思うと田舎には住めない。僕はサーフィンのおかげで「ばか者」だったので、お金より波を優先して帰って来て今の僕がある。とはいえお金は大事で、ばかだけでは生きていけない。そのバランスを取れる人が増えたらいいなと思う。

伊東 私も永原さんもそうだが、まだ食べていけるモデルになっていない。それを一刻も早く「年収400万円だけど、ここでは400万円あれば食べていける」というモデルにして示したい。そうすれば挑戦者は来てくれるはず。魅力はたくさんある。

宮城 私も「ばか者」は「ばか者」がいる所に集まると思う。今日の登壇者も、まだまだこれからというところはあるけれど、楽しそうじゃないですか。Iターンする地域を選ぶときに、論理的な理由はそんなにない。行って食べ物がおいしかったとか、人に親切にされたとか、そういう理由で人は残る。楽しそうにチャレンジをする人が増えたら、同じような人たちがどんどん集まってくる。
  
会場 徳島を出て良かったところ、戻って良かったところは。

坂東 IT業界の場合、最先端のことは東京でしか学べないと思う。だから東京に出たのは正解。今でもITで新卒で徳島に就職すると言ったら、私は「一度東京に行った方がいいよ」と勧める。Uターンした理由は子育て。妻も徳島出身で、最大のメリットは実家が二つあることだった。でも東京だと待機児童が山ほどいて、年収が700万円ないとまともに子育てできず、マイホームを持ったら満員電車で1時間半かかる所に住まなきゃいけない。それが徳島には一切無いんだからすごいと思う。

宮城 地域だからチャレンジしやすいということは感じるか?

伊東 今は500坪の茶畑をただで借りている。家賃も月1万5千円ぐらい。それに少しずつ頑張っているとタケノコとか、イノシシの肉とか、いろんな人がいろんなものをくれる。ないものは自分で作ればいいし、食べる力って究極、自分で食べ物を得る力。それを実践しているのが那賀町の皆さんだから、そういう方々を見ているといける気がする。
  
宮城 最後に一言ずつメッセージを。

永原 2020年の東京五輪・パラリンピックで世界各国の選手に徳島の藍染を身につけてもらいたいと本気で思っている。与えられたチャンスを、夢を共有してくれる仲間と一緒にものにしたい。ぜひ応援してほしい。

坂東 皆さん、とくしま創生アワードに応募しましょう。自分のビジネスモデルが、これほどたくさんの人の目に触れる機会はそうない。IT関連でアイデアはあるが自分ではつくれないという人は、ぜひ声を掛けてほしい。私は徳島で「でかいITサービス」をつくるのが夢。徳島に米国のウーバーのような5兆円企業ができたらすごくないですか。

伊東 思いは形に残さないといけない。面倒くさいけど、融資を受けたり、誰かに力を貸していただこうと思ったらひとまず書くということが大事。そこから全てが始まる。

宮城 こういう面白いメンバーがいる徳島とつながりたいな、という人はぜひ応募されるのがいいのかなと思います。

  
永原レキさん 藍と遍路題材にサーフ店開業

 ながはら・れき 海陽町出身。城西国際大在学中に全日本学生サーフィン選手権で4連覇を果たす。2008年、徳島の伝統産業である藍に魅せられて帰郷し、地元縫製会社で藍染を研究。16年、トヨタ自動車などが主催する若手クリエーター発掘プロジェクトで「注目の匠」に選出される。4月、海陽町にサーフィンと藍、遍路をテーマにした店舗を開いた。35歳。

坂東勇気さん ITベンチャー企業立ち上げ
 ばんどう・ゆうき 阿波市出身。阿南高専を卒業後、上京してIT業界に入る。2011年、妻の出産を機にUターンし、徳島発のアプリ開発会社テクノモバイルに転職。13年、同社の社内ベンチャーとしてGTラボ(徳島市)を設立し、代表取締役。15年、タクシー配車システム開発の電脳交通(同)を共同で立ち上げ、最高技術責任者を務める。38歳。

伊東希さん 阿波晩茶の製茶と新商品挑戦
 いとう・のぞみ 徳島市出身。関西学院大卒業後、人材サービス大手などを経て、家業の運送会社に入る。農家の高齢化や後継者不足により、特産品である阿波晩茶の生産量が減少していることを知って一念発起。那賀町で製茶や関連商品の開発に挑戦している。2016年度の「全国創業スクール選手権」で2000組の中からファイナリスト(8組)に選出された。35歳。

(6/28付徳島新聞朝刊特集)