三木麻里江さん(板野町出身)

ニンジン農家・三木麻里江さん(37・板野町出身)

 お父さんのやり方を見ながら畑仕事を覚えました

 父や母の存在が大きければ大きいほど、反撥心が芽生え、別の道を模索したくなる。でも自分が齢を重ね、親の目線に等しい高さに立ったとき、彼らは、実にか細く、不安定な足場の上にいたのだと知る。親を一人の人間として見られるようになるとその偉大さにあ然とさせられる。近づき、乗り越えるのは生半可な覚悟じゃできないぞ、と。 板野町、上板町、吉野川市に合わせて約10町(約10ヘクタール)の畑を持ち、4~5種類のニンジンを育てる三木麻里江さんは、青空のもとで野菜の収穫に取り組んでいた。

 学生の頃は両親が営む農家の仕事を継ぐつもりはなかった。「仕事したらどろどろになるし、力仕事やし、忙しい時はほんま忙しいけん絶対継ぎたくなかった」。大谷女子大を卒業後は、大阪にある携帯ショップに就職。23歳で徳島に帰郷し、1年ほど別の仕事に就いていた。

 転機は25歳の時に訪れた。初めての出産、そして育児に向きあうことになり、子育てをしながら働ける場所をと考えた。会社勤めに比べて時間に融通がつく家業が選択肢に上がり、父の三木秀昭さん(板野町出身)が営むニンジン農園を手伝うようになった。「お父さんに何か教わるっていうより、見て覚えって感じでやり方を覚えていった」。

 ニンジンは10月から12月にかけて種を植え、3月から5月末に収穫する。畑を耕し、種まきをするのは父の秀昭さん。麻里江さんは旦那さんの健二さん(34・上板町出身)と3人のアルバイトとともに播種後の育苗から収穫までを担っている。

 栽培はビニールハウスで行う。ハウス内の気温が高すぎるとニンジンが腐るため、温度調整のためにビニールの所々に丸い穴を開ける。内部の様子を観察し、状況に応じて穴の数を増やしていく。「毎年、一緒の日に穴を開けたらええわけでないけんマニュアル化できん作業やね」。

 ニンジンが成長すると、葉の付け根から根(ニンジン)の肩の部分がひょっこりと出てくる。このまま放置してしまうと、ニンジンの色づきが悪くなるため、一つひとつ苗の根元に土をかける。

 収穫期になると、1箱あたり11㎏の重量となるコンテナが、多い日には1200箱分になることも。箱詰めしたニンジンは、東京や大阪などに広く流通させる。

 また、2018年からは麻里江さんが主体となりブロッコリー栽培を始めた。栽培面積は1町6反(約1.6ヘクタール)。品種は生育の早い「おはよう」と茎の太い「クリア」の2種類だ。ブロッコリーが充分に成長すると、畝をまたぐように車輪がついた台車を移動させ収穫していく。芯を刈り取ると、芯の周りに生えた不要な茎に鎌を入れ、スッスッと切り落とす。それを台車の上のコンテナに並べていく。今年は広い面積にいっぺんに苗を植えたことで出荷の時期が重なり、ニンジン栽培との同時進行が難しかった。この経験を踏まえ「来年は苗を植える時期を少しずつずらして、ちょこちょこ毎日ブロッコリーを採れるようにしたい」。

 レゲエミュージックを愛する麻里江さん。農業のかたわら、夜は徳島市秋田町にあるバーのイベントに出演し、レコードをかける“セレクター”をすることも。1人で農作業をする時は、イヤホンでお気に入りの曲を聴くのが楽しみなのだとか。

 「はじめは自分が農業に向いてるかどうかわからんかったけど、もともと体を動かすのが好きで体力があったし、結構いけてる。仕事するのは好きですね」。

 「畑を耕すんとか、どこに種を蒔くとか、ニンジンの栽培について今はお父さんに言われたことをしとる。やけん、これからはそのノウハウの勉強をしなきゃと思ってます。畑を耕す時は、まず上っ側に生えとる草を叩いて崩してから、土が粉々になるようにゆっくりトラクターを引くんよ。畑の状態を見てトラクターにつける爪の種類を選んで、土を掘る深さを変える。場所によってトラクターを引く回数が違うし、引きすぎても土が乾くけん。そういった感覚的なことを勉強していきたい」と意気込む。