新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、患者や家族、医療従事者らに対する偏見や差別が全国各地で問題化している。SNSで患者らの氏名や住所をさらしたり、医学的根拠がないまま感染源として排除しようとしたりする動きが、その代表的なものだ。こうした現状に心を痛めているのが、戦前・戦後に同じような差別を経験したハンセン病の元患者たちだ。元患者らは「歴史に学び、過ちを繰り返してはならない」と警鐘を鳴らしている。

 徳島県では、2月25日に県中部に住む60代女性の新型コロナ感染が発覚すると、女性の住所や行動歴とされる真偽不明の情報がSNSにあふれ、女性を非難する言葉も書き込まれた。さらに女性が住む自治体の役所には、個人情報を特定しようとする複数の電話が寄せられた。

 この自治体の危機管理室は「電話は感染拡大を心配してのことだったと信じたい」とする一方で「根も葉もないうわさを含め、個人情報をさらす書き込みがされたのは問題だ」と指摘。現在は、書き込みをやめるようにホームページなどで呼び掛ける対策に乗り出している。

 差別や偏見の矛先は患者以外にも向けられている。福島県では大学教員の感染判明後に付属高校の生徒が「コロナ、コロナ」と指さされ、愛媛県では感染拡大地域を行き来する運送業者の子どもに複数の小学校が自宅待機を要請するなど、同様の問題が全国で相次いでいる。

 こうした状況について、群馬県草津町の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」にあった患者専用の懲罰施設「特別病室(重監房)」の資料を収める重監房資料館で主任学芸員を務めた北原誠さんは「根も葉もない噂や書き込みはハンセン病患者宅に張られた中傷ビラや落書きと同じだ」と指摘する。

 1931年の旧らい予防法で強制隔離が法制化されると、ハンセン病患者は家族と引き離されて療養所へ収容され、療養とは名ばかりの過酷な生活を強いられた。1俵(約60キロ)の炭を1人で運んだり、「義務看護」と称し、全盲の人のサポートや痰の吸引を行ったりさせられたという証言も残る。

 96年の予防法廃止後も社会の差別意識は根深く、病気が治った今も家族と離縁したまま古里に戻れずにいる元患者は多い。当時は患者の家族も感染予備軍として扱われていたため、自宅に中傷ビラを貼られたり、地域から村八分にされたりして故郷に住めなくなったり、世間からの冷たい視線を苦に一家心中に追いやられた家族も多い。

 北原さんは「新型コロナもハンセン病も、差別の背景には感染したくないという恐れや病気に対する知識不足がある」と分析。「社会が差別や偏見を認める風潮が問題行為を加速させる。こうした行為を許さないという共通認識と、平時以上に冷静な対応と正しい情報に基づく言動に努めてほしい」と訴える。

 栗生楽泉園で入所者自治会長を務める岸従一(きし・よりいち)さん(81)も、新型コロナ患者への差別に心を痛める一人だ。

 岸さんは11歳の時に父と2人で感染が発覚した。「父は私の体を石に結びつけ、自宅近くの池に行って2人で心中しようとした。私は大きな声で泣き叫び、気づいた母が私を助けてくれた」と壮絶な過去を振り返る。

 園に入った後は重労働などを強要され、21歳で2歳下の妻と結婚した際は優性思想に基づく断種手術を受けさせられた。「『やれ』と言われたわけではないが、無言の圧力は恐ろしく、反抗できなかった」。岸さんはこうした悲惨な歴史を後世に伝えていこうと、資料館の語り部として自身の体験を交えて来場者に訴え続けてきた。

 岸さんは「ハンセン病に限らず、さまざまな差別や偏見をなくすために声を上げてきたが、病気で苦しむ人を責める言葉が今も社会で飛び交っているのは悲しい」と声を落とし「日本人は痛ましい歴史から何も学んでいないのか。二度と同じ過ちを繰り返してはならない」と力を込めた。