熊本地震は「本震」の発生から16日で2年。サッカー元日本代表で、J2・ロアッソ熊本のコーチ藤本主税(ちから)さん(40)=徳島市立高出=は、避難所を回って子どもたちにサッカーを教えるなど自分にできることを探し続けてきた。15日、熊本市のスタジアムで行われた復興支援マッチには1万人を超す観客が詰め掛けた。「苦しんでいる人はまだまだ多い。サッカーで幸せにできたら」。選手時代から暮らす熊本への恩返しの思いを新たにした。
「前震」があった2016年4月14日夜、藤本さんは車で帰宅中、熊本市内の自宅近くで強い揺れを感じた。幸い家族にけがはなく、食器が割れたり、家屋の外壁にひびが入ったりした程度だった。しかし、停電と余震が続いたため、15日に福岡県篠栗町にある妻の実家に避難した。
16日未明に「本震」が発生。福岡でも強い揺れを感じた。監督を務めるジュニアユース(中学生)の選手の安否が気に掛かり、夜が明けるのを待って単身、熊本市に急いだ。
練習場がある益城町に自転車で行くと、目を疑う光景が広がっていた。押しつぶされた家屋、波打つ道路、目線の高さまで折れ曲がった信号機・・・。練習場の地面はひび割れ、避難者が押し寄せていた。「地獄だ」。心の中でつぶやいた。
チームに所属する選手60人の中に死傷者はいなかった。しかし自宅が全壊して車中泊や避難所生活を余儀なくされる子どもがおり、クラブの活動は当面中止となった。
「何かしないと」。思い付いたのは、やはりサッカーだった。活動が再開するまでの3週間、一人で7カ所の避難所を回り、子どもたちにサッカーを教えた。震災後のストレスを抱えた子どもも多く、話を聞いて励ましの言葉を掛ける。ボールを追っているときに見せる笑顔に、逆に勇気付けられた。
選手時代から含めると熊本での生活は7年目。1月からトップチームコーチとなり多忙な日々を送るが、被災者への思いは色あせない。「一見すると平和を取り戻したかのように見える。しかし、先行きの見えない不安にさいなまれている人は大勢いる。県民全員が日常生活を取り戻せるまでサッカーを通じて励ましていきたい」
藤本さんは、南海トラフ巨大地震の発生が心配される故郷・徳島に向けてもメッセージを送った。「当たり前の生活がどれだけ幸せかをつくづく感じた。一人一人がどれだけ備えを進められるかが日常生活をいち早く取り戻す鍵。防災に対する興味と知識を持ってほしい」。
藤本主税(ふじもと・ちから) 山口県で生まれ、2歳から鳴門市で育った。1996年、徳島市立高からJリーグ福岡に入団後、広島、名古屋などを経て2012年から熊本でプレー。ゴールを決めると阿波踊りを披露し、人気を博した。01年には日本代表として2試合に出場した。14年に現役引退後、15年に熊本のジュニアユース監督、17年にジュニア監督兼スクールコーチを歴任。18年からはトップチームコーチを務める。