4月1日、徳島市は性的少数者のカップルをパートナーとして公的に認める「パートナーシップ宣誓制度」を県内で初めて導入した。宣誓第1号となったのは、制度設立に向け奔走してきた長坂航さん(42)=徳島市、飲食店経営=と、その男性パートナー(38)=会社員=だ。

 

  4月8日午前9時、徳島市役所。長坂さんは、職員から手渡された証明書代わりのカードを財布に収め、「やっと家族になれた」とつぶやいた。傍らには10年間一緒に暮らしたパートナー。これを受け取るため、昨年夏から仲間と議会や首長に働き掛けてきた。

 長坂さんは、阿南市椿泊町生まれ。祖父は漁師、父はすし屋を営んでいた。家では「男らしく」「しゃんとせえ」と言われ続けた。

 中学生の頃には男性が好きだと自覚していたが、当時は同性愛者をからかうコメディアンがテレビで高視聴率を取る時代。「とにかくバレるのが怖かった」。架空の好きな女子をつくり、友だちと話を合わせた。

転機もたらす出会い

 小松島西高校の食物科を卒業後、大阪市内の料亭に勤めた。都会にはいろいろな人がいた。性的少数者が集うバーに行った。同性が好きだと、初めて人に言えた。

 1999年、父の病気を契機に徳島に帰り、徳島市内に性的少数者向けのバーを開いた。2019年7月末のある夜、店のカウンターに座った3人の客が、長坂さんに転機をもたらす。

 3人は、性的少数者を支援する「レインボーさいたまの会」代表の加藤岳さん、連合徳島中央地協事務局長の板東喜代子さん、徳島市議の増田秀司さん。その日、性的少数者の人権を学ぶ研修を徳島市内で開き、打ち上げで偶然見つけた長坂さんの店に立ち寄った。

 「スーツ姿だし、最初は税務署の人かと思い、『名刺をいただけますか』と話し掛けた」と長坂さんは笑う。それを発端に会話が始まった。加藤さんは、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの家族が受けた差別をきっかけに、埼玉県でパートナーシップ制度の導入に向け活動していることを話した。板東さん、増田さんは加藤さんの友人でもあり、徳島での制度導入を模索していた。

 長坂さんにも苦労は絶えなかった。10年前、パートナーと同居する際、不動産屋には成人男性同士の同居にけげんな反応をされた。3年前にパートナーが入院した際は、「家族ではない」とされ、同意書に押印できなかった。カウンター越しに聞く加藤さんらの話はそんな社会を変える一歩になると感じ、「何かせなあかん」と思った。

板野町は請願不採択

 行動は早かった。9月、当事者や支援者とともに「レインボーとくしまの会」を設立し、パートナーシップ制度を求め、議会への陳情や署名集めを始めた。「迷いましたよ。顔、名前を出すことに。でも、他の人にそんなん頼めんでしょう」。

 家族には活動を始める直前に、初めて自分のセクシュアリティを告げた。父は既に他界。弟には「分かっとったよ。頑張って」と言われた。母からの言葉はなかったが、「これまでも知ってて何も聞かなかったはず。親の愛情ですよね」

 制度成立までの道は平たんではなかった。徳島市議会に提出した陳情書は昨年の12月議会で採択されたが、昨年9月の議会ではいったん、継続審査になっている。板野町では昨年12月議会で請願書が不採択になった。反対討論に立った議員は、「(制度を)町が認めるやいうことできんでえ」「板野町は人口も少ない」などと述べ、「時期尚早」と締めくくっている。

 「制度を使う人いるんですか」「住民が理解するかどうか分からない」|。活動をする長坂さんには、さまざまな言葉が投げ掛けられる。それでも、「制度があれば、公に『認められた』と感じる。救われる人たちがいる」と言う。徳島市での制度化で手にした喜びに背中を押されるかのように、県内の他議会への陳情も具体的検討に入った。

 

【編集後記】

 「料理に洗濯、掃除もして、自分は家政婦みたいですよ」。パートナーとの生活を語る長坂航さん。愚痴ではあるけど、幸せそう。

 共に生きる人と「家族」になりたい。こんな基本的な願いが、かなわない人たちがいる。同性婚を認めない国に先立ち、自治体が独自に認める仕組みが「パートナーシップ制度」だ。

 徳島市での導入は大きな一歩。特にこのコロナ禍の中、医療機関等で関係を証明できる安心感は大きい。

 「活動する中、いろんなことを言われました」と長坂さんは言う。差別する人の多くは無自覚だ。誰しもが、知らずにほかの誰かの足を踏んでいる可能性がある。まだまだ制度の理念が社会に浸透しているとは言い難い。少なくとも、「痛い」という声が聞き届けられる社会にしたい。

 撮影の際、「10年も一緒にいたら、こんなの恥ずかしい」と言いながらも手をつないでくれた二人に、心からの祝福を贈ります。