1カ月たっても土砂が堆積したままの赤谷川や住宅=福岡県朝倉市杷木

 福岡、大分両県で36人の死者を出した九州北部の豪雨は、5日で発生から1カ月。最も大きな被害を受けた地域の一つ、福岡県朝倉市杷木(はき)地区に4日、徳島新聞記者が入った。市内では約600棟が全半壊し、依然5人が行方不明で500人近くが避難所で暮らす。住民たちは猛暑の中、見通しの立たない生活に不安な日々を送っていた。

 道路脇にはあちこちに土砂がうずたかく積まれ、家の壁には人の背丈ほどの高さまで泥の跡が残る。地区を流れる赤谷川は土砂に埋もれ、1カ月が過ぎたとは思えない光景が広がる。

 避難所になっている杷木地域生涯学習センター「らくゆう館」を訪れた。入り口には水やタオル、マスクなどの救援物資がずらりと並び、罹災(りさい)証明の提出方法や健康状態への注意書きなどのチラシが壁や窓に所狭しと貼られている。生活するのは0歳から97歳までの94人。5部屋を使い、少ない部屋でも15人ほどが過ごす。

 永田茂光さん(60)春子さん(63)夫妻は、平屋の天井近くまで押し寄せる濁流から逃れた。「またいつ水がくるか分からない。もう住めない」。自宅は泥にまみれたままで、今は飼い猫に餌をやりに戻るだけだ。

 井上初美さん(55)は、氾濫した川が自宅を襲った。避難した当初は、避難所では聞こえるはずのない川の流れの音が聞こえて眠れない夜があったという。「山と川がある場所に住むのが怖い」としつつ「でも慣れ親しんだ自宅には戻りたい」。複雑な思いが募る。
 連日気温は30度を超える。市と協力して避難所運営に当たっている杷木コミュニティ協議会の泉俊三会長(71)が恐れているのは集団生活での感染症。「幸い、今のところは救急車を呼ぶ状況や大きな病気はないが…」と心配は尽きない。

 「らくゆう館」から数百メートル離れた民家の玄関先で、井戸貴美子さん(80)が座り込んでいた。45年間住み続けた自宅だ。「川向かいにね、いつもきれいに咲く大きな桜があったの。大きくなるのを毎年楽しみに見てきたんだけどね」。夫の常雄さん(78)と大半の土砂をかき出したものの「とても住める状態じゃない」と小さくこぼした。

 隣のうきは市にある実家に身を寄せているが、ずっといるわけにもいかない。先行きが見えない中、豪雨の11日後の誕生日に子どもたちから贈られた花柄のつえを、すがるようにぎゅっと握っていた。(佐藤陽香、櫃本恵)