通算6度目のパラ五輪出場を目指し、懸命に努力を重ねる視覚障害者柔道の藤本聰さん(44)=2020年2月、徳島市内の柔道場で撮影

アテネ・パラリンピック 藤本聰選手が3連覇達成

 「目が悪くなかったら、こんなに頑張っていなかった」。18日のアテネ・パラリンピック男子柔道66キロ級で金メダルを獲得した藤本聰選手(29)は念願の3連覇を達成。「障害があっても、こんなことができることを知ってほしい」と挑んだアテネの畳で、喜びをかみしめた。

 先天性の視神経異常で左目の視力がゼロ。右目も眼鏡をかけて0・1ほどしかない。病気が分かったのは2歳の時の検診。「こっち(左目)が見えたらテレビが2つ見えるの?」。3歳のころ、母の真佐美さん(53)にこんな質問をしたこともあったという。

 今では見えないことが当たり前だ。「生まれつきだから、障害者だという意識はあまりない」と意に介さない。

 もちろん、不便はある。車の運転はできないし、小さい字は見えない。でも、できないことは人に頼めばいいと割り切った。

 「多少の不便はあったが日常生活に支障はなかった。親にも泣き言を言ったことは一切なかった」と父俊夫さん(57)。

 強豪の徳島商業高校柔道部の出身。卒業後、徳島県立盲学校で3年間勉強し、理学療法科の教員免許を取得した。現在、母校の教壇に立つ。

 「僕が頑張っている姿を見て前向きになってほしい。引っ込み思案にならずに、どんどん活動してほしい」。障害がある人へのメッセージだ。

※日付・年齢などは2004年9月20日掲載時のもの

徳島新聞社など全国24メディアが協力した、コラボレーション報道「コトバのチカラhttps://powerofwords.jp/)」との連携企画記事