戦後75年、私たちの暮らしから、今ほど文化や芸術が遠ざかった時期はあっただろうか。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2月末以降のコンサートや演劇公演は軒並み中止に。6月7日午後1時半から開催予定だった鳴門市のベートーベン「第九」交響曲演奏会も、来年3月への延期を余儀なくされた。

 年末の風物詩とされる「第九」が鳴門で6月に演奏されるのは、板東俘虜収容所の初演の歴史にちなんでいる。1982年に鳴門市文化会館の落成記念で演奏されて以降、原則6月第1日曜日を第九公演の日とし、毎年公演を続けてきた。

 「6月の歴史を絶やしたくない」。そうした市民の声を受け、鳴門市は国内外から募った「歓喜の歌」を歌う動画をつなぎ合わせ、演奏会の予定時刻に動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開する。数分の動画とはいえ、多くの人たちの尽力で続いてきた6月の「第九」のたすきを、次代につなげた意義は大きい。

 それ以上に価値があるのが今この時期に、融和と連帯の象徴である「鳴門の第九」を世界に向けて発信することだ。

 ここ数カ月、新型コロナの不安によって、感染者や医療関係者への差別的な言動をはじめ、感染を巡るデマや風評が相次いだ。県境をまたぐ不要不急の移動の自粛要請に伴い、県外ナンバー車への排他的な対応も見られた。

 こうした状況だからこそ、「全ての人々は兄弟になる」と人類愛や平和のメッセージを送る「第九」の歌詞が意味を増す。人道的な収容所で生まれたアジア初演の歴史を踏まえ、地域の宝である「鳴門の第九」を世界中に届けたい。

 「今できることは」―。合唱団と関係者が音楽の力、「第九」の力を信じて実現した今回の動画には、共感した100人以上が歌声を寄せた。中には、ドイツで暮らす元捕虜の孫の姿もある。

 「歓喜の歌」のハイライトの楽譜を紙面に掲載した。動画を見ながら口ずさみ、コロナ禍を乗り越える力にしてほしい。

動画を見るにはここをクリック

(2020年6月7日午後1時半公開:鳴門市公式ホームページより)

 

「歓喜の歌」楽譜のPDFファイルはこちらからダウンロード