北朝鮮に拉致された横田めぐみさん=失踪当時(13)= の父滋さん が亡くなった。87歳だった。娘のめぐみさんが姿を消してから42年余り、願い続けた再会はかなわなかった。心中を察すると、言葉が出ない。


 横田さんは徳島市で生まれ、小学5年生まで過ごした。徳島県内にも2003年と11年に来県し、講演している。私は11年1月に阿南市内であった講演を聴いている。


 これまでの思いを切々と語っていたのを思い出す。今でも忘れられないのが、めぐみさんとの最後の会話についてである。「行ってきまーす」「行ってらっしゃい」。それが最後だったと横田さんは明かした。どこの家庭にもある日常のやりとり。まさか最後になるなんて思いも寄らなかった。


 めぐみさんが消息を絶ったのは1977年。講演時には30年以上がたっていたが、当時の記憶は薄らいでいなかった。取材ノートには、こんな言葉が記されている。「普通の家庭で、めぐみもバドミントンの練習を終えて帰ってくるだけだった」「探す場所がないくらい探した。北朝鮮なんて考えもしなかった」…。


 2002年に北朝鮮が「死亡」としたことについても「私は絶対に死んでいないと思った。必ず生きている」と力強く述べていた。

 滋さんの妻でめぐみさんの母早紀江さんが最後に訴えていた言葉も印象に残る。「私たちも年齢を重ね、もう長くはないかもしれないが、助け出すまでは頑張りたい」。当時政府の動きは鈍く、国民の関心は薄らいでいた。


 講演から9年。拉致問題に進展は見られないまま、滋さんは亡くなり、早紀江さんは84歳になった。ただひたすら問題の早期解決を願うばかりである。(卓)