練習を見守る岡田明彦強化本部長

 「徳島ヴォルティスアーカイブ」第2回は2013年12月1日のJ1昇格プレーオフ(PO)準決勝・千葉戦を振り返る。

 リーグ最終節で長崎に勝利し、PO進出を果たした徳島。再びホームの鳴門ポカリスエットスタジアムで戦うという誓いを果たしたイレブンを9000人のサポーターが迎えた。リーグ戦上位が優位の規定から、負けなければ決勝進出が決まる。しかし相手は元日本代表FW森本ら高い戦力を誇る難敵・千葉。一瞬の緩みも許されない。リーグ戦後半の巻き返しで戦い方に自信を深めた徳島は、相手の猛攻を執念の守りではね返し、引き分けでしのいだ。その当時、ヴォルティスの強化担当としてチームを支えた岡田明彦(45)強化本部長に試合中の心情、決勝を迎えるまでの首脳陣の様子などを振り返ってもらった。
 

                        
  ▼準決勝(ポカリ)9301人
 徳島1(1-1、0-0)1千葉▽得点者【徳】ドウグラス(PK)【千】山口智

 千葉の猛攻に耐え、勝ち取った決勝の切符

 【評】徳島は立ち上がりから、勝つしかない千葉が前掛かりとなって手薄になる守備ラインの裏を積極的に狙った。前半37分、濱田の縦パスに抜け出した津田が相手DFに倒されPKを獲得。ドウグラスが決めて先制した。しかし40分にCKから同点とされ前半を折り返した。
 

 後半は7本のシュートを浴びるなど再三、窮地に立たされたが、橋内を中心に体を張った守備ではね返した。終盤も相手のパワープレーに屈せずゴールを死守。引き分けで決勝進出を決めた。
 

 四国初のJ1に王手。しぶとく守った徳島イレブン

 スコアは1―1。このまま引き分ければJ1へ王手となる。誓い通り本拠地に帰ってきた徳島に示された残り時間は4分。猛攻に耐えた。守りも5バックにした。相手のシュートが力なく宙に浮く。響く終了の笛。上下に4回、あらん限りのガッツポーズをした小林監督は「ホームの力で守れた」と語気を強めた。
 

 一歩、一秒、一瞬の攻防が明暗を分けそうなしびれる展開。光ったのは鋭くしぶとい徳島の守りだ。CB橋内は前半14分、滑り込みながら最後に伸ばした右足一本でピンチを摘み取り、後半28分の絶体絶命の場面では相手の利き足を瞬時に見切ってシュートブロック。「燃え尽きてもいい」覚悟をプレーで示した。
 

 フリーランと少ないタッチの球回しで攻勢をかける千葉に押し込まれた後半をしのぎにしのいだ。橋内は「一撃で点を取られるのは仕方ない。セカンドボールを拾うとか、細かいことをいつも伸さん(小林監督)に言われている。走って、動いて、止める。集中していた」。この言葉が「勝因」を言い当てている。
 

 ドウグラスの負傷退場で途中起用のFW高崎の献身的な前戦からの守り、中央で立ちはだかったCB千代反田、ボランチ斉藤の重厚感。SB藤原は「最終ラインは下がらないように、FWのプレスの位置も低くならないようにと言い合っていた」。守備を大事にして巻き返したリーグ戦で上位にいたことが決戦第一幕で生きた。
 

 決勝の相手は今季1勝1分けの京都。リーグ3位の上位を倒すしか道はない。昇格を逃した2年前の涙を忘れていない津田は、当時主力だった日本代表の柿谷(C大阪)も観戦に訪れた前でPKを獲得するなど奮闘し「悔しさを最高の舞台でぶつけられる」。初冬の風に背筋を伸ばし、幸せなチャレンジをまだ続けられる。

執念の守り「サポーターのために」と一致団結して国立へ 

 「うちのリズムだな」。テンポよく攻める千葉に、ボールも主導権も譲ってしまったような展開だが、スタンドの強化担当席から見守る岡田に気後れはなかった。「実直に守備をしている。良さが出ている」。
 

 試合が動いたのは前半37分、津田が得たPKをドウグラスが決めた。前掛かりになる相手の裏を突く狙いが奏功。「前半のうちに得点できたのが大きかった」と岡田。引き分け以上でも決勝進出となる徳島にとって、先制点は選手に落ち着きを与えた。3分後にセットプレーから同点に追い付かれたものの、チームが貫いてきたスタイルが一気に崩れることはなかった。
  

 実は、試合前の岡田には不安があった。劇的なPO進出に周囲は沸いたが、リスク管理が「なりわい」でもある強化担当として、10月から11月にかけての3連敗が悪いイメージとして脳裏に残る。我慢強い守備が持ち味の一方、ホームにG大阪を迎えた10月27日の第38節では1-5で大敗。時折顔をのぞかせる不安定さが気がかりだった。
 

 この秋のような失敗は、大詰めのPOでは致命傷だ。岡田は「仮に2-0でリードしていたとしても、1点返されれば一気に流れを失う危うさがある」と感じていた。「決勝を含め、勝ち抜ける確信は最後までなかった」と明かす。
 

 しかしPO準決勝で選手は、最後の最後に足を伸ばし、体を投げ出し、ゴールマウスと決勝進出への「ともしび」を守り切った。献身的で愚直なプレーを積み重ねて奪った決勝切符を、スタンドは拍手とガッツポーズで祝った。
 

 岡田は2011年のことを思い起こしていた。昇格圏をうかがいながらホーム最終戦の鳥栖戦と、リーグ最終節の岡山戦で連敗し、J1昇格へ最も近づきながら、最も壁の高さを痛感したシーズン。あの悔しさはもう誰も味わいたくない。「サポーターのためにも(決勝の舞台)国立で勝つ」。背筋を伸ばし、バスに向かう選手を見送った。
 

 決勝の相手は京都に決まった。岡田と小林伸二監督は、京都と大分が戦った前年のPO準決勝を京都市西京極陸上競技で視察している。試合は6位の大分が3位京都に4-0で完勝。目の前で繰り広げられた「下克上」は、リーグ順位に左右されないポストシーズンの怖さを突きつけた。
 

 PO決勝戦はくしくも、同じ京都を相手に下の順位として臨む立場。徳島首脳陣は、引き分けでもいい京都が「持ち味を発揮すべく、普段以上にボールを保持する戦術で来る」と分析していた。相手がそのスタイルなら、徳島の堅守速攻が生きる。またそれに専念できる。
 

 当時、小林監督とどんな言葉を交わしたか、岡田は細かくは覚えていないが「やりやすいと思っていたはず。言動から自信があるのは分かった」と回想する。「堅守を盾に、柔らかい攻撃型のチームにうちは強い」と言わんばかりの表情だったかもしれない。
  

J1で残留するチームへ奔走する

 歓喜のPO決勝戦を経て、翌年は四国で初めてJ1舞台で戦うチームとなった。強豪チームと戦い3勝5分26敗の最下位。強豪にもまれ続けたシーズンで岡田は強く感じた。「J1で残るためには戦い方の面でクラブのスタイルを確立する必要がある」。
 

 2013、14年の小林ヴォルティスは堅守のチーム。ただJ1を戦った結果、露呈したのは相手に多くの攻撃機会を与えて失点のリスクを高め、しのぎきれないという悪循環。攻撃に費やす余力が無いという試合が続いた。もちろんこれを否定するものでは決してない。「守備を固めることはJ1昇格には正しい戦い方。ただJ1残留に必要なのは、自分たちでボールを保持し主導権を握るサッカー」。岡田はJ2に降格するとすぐさま改革に着手した。
 

 スタイルに合う若年層のスカウティングに力を入れ、他クラブの若手や高校・大学の新卒を多く獲得。さらには育成年代のアカデミーチームにもポゼッションサッカーを浸透させ、目指す方向性をクラブ全体で統一した。
 

 17年にはポゼッションサッカーを追求する同い年のスペイン人指揮官リカルド・ロドリゲス監督を招聘(しょうへい)。クラブの命運を、その論理的発想と指導力に懸けた。「過去の経験をベースに反省点があれば、歩みを止めずに反省しその都度改良していけばいい循環をつくれる」。
 

 J1で戦えるクラブづくりへ示した前向きな覚悟は、昇格争いを演じるチームの疾走とともに実を結びつつある。投資的運営による若手の飛躍と、「クラブ力向上」にも心血を注ぐ岡田の視線は、昇格よりもさらに先を見詰め、野心に満ちている。(敬称略)
 

 おかだ・あきひこ 1974年9月9日生まれ。群馬県前橋市出身。群馬県立中央高-中京大。1997年にヴォルティス徳島アシスタントコーチ就任。99~2001年大塚サッカースクールジュニアユース監督、02~03年同ジュニア監督、04年大塚製薬サッカー部運営担当、05~14年徳島ヴォルティス強化部強化担当、14年~18年強化部長、19年から現職。