戦争に安全な場所はなかった

(吉野川市、上野喜典さん)

 1945年7月25日、吉野川市美郷(旧東山村)に米軍機から爆弾が数発投下された。全国各地で空襲が相次いでいた太平洋戦争末期とはいえ、標的になるような軍施設のない山間部の小さな村。時折、米軍機が上空を通り過ぎて空襲警報が鳴るだけで、戦災は都市部の話だと思っていたという。ところが、その日は実際に爆弾が落ち、爆風で飛ばされた岩石や金属片が農作業中の子どもらに直撃した。10人以上が負傷したほか、全壊した家屋も。大戦下の村で最初で最後の惨事となった。

※2017年本紙取材、当時89歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。