「(感染者の勤務先は)どこの会社?」「人権と命、どっちが大切と思ってるんだ。感染者の行動範囲を全部公開しないと危ない」―。徳島県内で感染者が出るたび、匿名掲示板やSNSには、非公表の個人情報を探り、特定しようとする投稿が相次いだ。「ステイホーム」の同調圧力が高まる中、感染者を「ルールを守らず感染した人」と捉える向きも目立つ。

 「自粛でイライラが募った人も多く、ストレス発散のために書く人もいるのでは。しかし、書かれる側がどれだけ傷つくかを考えていない。『表現の自由』をはき違えているのではないか」。四国大の山本耕司教授(メディア情報学)は言う。憲法は、国に対して、個人の「表現の自由」を保障するよう定める。しかし、これは個人に「他者の人権を侵害する表現活動」を認めるものではない。

 古来、口伝いになされてきたうわさ話や流言は今、主な舞台をインターネット上に移す。1990年代末には、匿名掲示板「2ちゃんねる」が設置され、2000年代にはフェイスブックやツイッターなどのSNSがサービスを始めた。いずれも広告で収益を確保するモデルで利用者が多いほどもうかる。SNSは情報が拡散されやすいよう設計されており、中傷やデマも一度投稿されると、瞬時にネット上に広がる。

 新型コロナウイルスを巡る中傷の広がりを受け、徳島県は5月からネット上の人権侵害のモニタリングを始めた。男女参画・人権課の職員が交代で毎日2人、1時間ずつ掲示板など5サイトを巡回。県内大学生約100人もボランティアで協力している。個人を中傷する投稿を見つけると、運営会社に削除依頼する。これまで依頼したのは、個人名を挙げてクラスター(感染者集団)の発生場所にいたとする投稿や携帯電話番号の書き込みなど4件。うち削除されたのは2件だ。

 「個人名が入るなど、被害が明確な場合でないと削除されにくい」と職員は言う。依頼に強制力はなく、削除するかしないかは事業者任せ。膨大な投稿数を考えると焼け石に水である印象は否めない。

 「インターネットの社会的影響力がこれほど高まったのに、機能する被害者救済の仕組みがないのが問題だ」と藤代裕之・法政大教授(ソーシャルメディア論)=徳島市出身=は指摘する。被害者が投稿を削除する場合、まずは「プロバイダー責任制限法(プロ責法)」に基づき、SNSや掲示板の運営会社に投稿の削除や発信者情報の開示を求める。しかし事業者が応じないことも多い。その場合、被害者は複数回の裁判を経て削除させることになるが費用も時間もかかる。

 改善の動きはある。5月、SNSで中傷されたプロレスラー木村花さん(22)が死去したことを受け、総務省はプロ責法を改正し、匿名投稿の発信者特定を簡素化する方向で検討を進めている。また、ネット企業でつくる「セーファーインターネット協会」は「誹謗中傷ホットライン」を6月末にも設立すると発表した。投稿の削除や投稿者情報の開示を求める被害者を支援する。

 「分かりやすい被害者救済の仕組みができることで、これまで訴訟などのリスクを知らずに中傷を書き込んでいた人も行為をためらうようになるはずだ」と藤代教授はみる。