郷土の文芸発展に向けて昨年5月に発足した徳島文学協会が「徳島文學(ぶんがく)」=写真=を創刊した。小説の書き手の養成を目指した新たな文学運動と位置付け、創刊号には県内在住の会員や、ゆかりの作家による小説11編のほか、短歌、俳句などを収録。今後、年1回の発行を予定している。
県内では小説同人誌などが衰退し、文芸創作活動は長い間、低調だった。しかし、近年は全国レベルの文学賞に挑戦する書き手も次々に現れている。こうした機運を逃さず、県内在住の書き手らに作品発表の場を提供することを目的に創刊した。
会長で四国大学教授の佐々木義登さんは「私たちの作品を世に問う出発点」と強調。「小説や言語芸術で徳島の文芸を盛り上げ、次のステップへ進みたい」と意気込む。藍で染めた糸を表紙絵に用いて「徳島発」を印象付けた。
小説では、阿部あみさん(鳴門市)が「バビルサの森」を発表。年配の女性が幼き日々を振り返る物語で、内向的で社会に順応できない弟を軸に展開する。過保護で弟の希望を何でもかなえてしまう家族は、東南アジアに生息するイノシシ「バビルサ」を自宅の庭で飼い始めてしまう。不確かさをテーマとし、虚構と現実の境目を突く作品に仕上げた。
女性の日常や思い出を繊細な文体でつづった阿部桃さん(阿南市)の「かなづち」、暴力や愚かさといった人間の本質を描いた菊野啓さん(徳島市)の「豚男」も意欲作だ。佐々木さんは親しみやすい文体を駆使し、恋愛小説「隙間」を発表した。
昨年、大阪女性文芸賞に輝いた久保訓子さん(神山町)、三田文学新人賞2席の髙田友季子さん(美馬市)らも小説を寄せている。
ゆかりの作家としては父親が小松島市出身の芥川賞作家吉村萬壱さんが「ランナー」を寄稿。破滅しかけた近未来の国を舞台に、異常な状況下での倫理観をあぶり出す。
座談会などで徳島を頻繁に訪れている芥川賞作家玄月さんの小説「無聊(ぶりょう)の民」も収録。社会から脱落して不本意な生活を送る人々が、幼なじみの過去を回想する構成で、独特の世界観がにじみ出ている。批評家若松英輔の巻頭詩「燃える水滴」は、新たな文芸誌にかける会員の思いを代弁している。
徳島文學の創刊により、小説を中心とする県内の文芸誌は「飛行船」(2007年創刊)と「阿波の歴史小説」(1980年創刊)と合わせて3誌となった。
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徳島文學創刊号は1620円。紀伊國屋書店徳島店、平惣各店などで販売している。