どんな目に遭っても命より兵器。そんな時代じゃ

(徳島市、中國義さん)

 太平洋戦争が開戦した1941年12月8日、所属する徳島の歩兵第143連隊はタイに侵攻した。上陸間際に猛攻を受けて左胸と左腕、左手首に被弾。大量に出血したものの、海中に落ちた大隊砲の車輪を回収しなければならず、その場から離れられなかった。味方が助けに来るまで海面に首だけ出して浮いていたという。バンコクの野戦病院で治療を受け、3カ月で隊に復帰。その後、物資が豊富な連合軍の攻撃は激しさを増し、「死の行軍」と呼ばれる退却劇を体験することになる。

※2014年本紙取材、当時94歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。