女子競輪「ガールズケイリン」に初の徳島県出身選手が誕生した。第1号となった阿南市の岩原紗也香さん(27)は、中学時代に剣道の全国大会で優勝した実績を誇る元「剣道女子」。紆余(うよ)曲折を経て27歳で競輪選手に転身し、5月にデビューしたばかりの注目の新星は、プロスポーツの世界で再び頂点を目指す。

 

 5月15~17日に広島市の広島競輪場で行われたルーキーシリーズ第1戦。3月に日本競輪養成所(静岡県伊豆市)を卒業したばかりの新人選手だけが出場するこのレースで、岩原さんは徳島出身の女子選手として初めて公式戦のバンク(競走路)を疾走した。

 3日間で3戦して全て最下位入線というほろ苦い初陣だったものの「脚力不足と練習不足を痛感したけど、課題が明確になった。トップ選手のレースもいっぱい見て勝負所をつかめるように研究したい」と挽回を誓う。

インタビューに応える岩原さん

 岩原さんは仲の良いいとこの影響で始めた剣道に小学1年から高校3年まで取り組んだ。那賀川中3年の時には主将として女子団体で全国優勝。富岡東高3年の時にも県高校総体で女子団体優勝に貢献するなど輝かしい成績を収めてきた。

 一方で、競技漬けの生活を長らく過ごしてきたことから「剣道はやり切った」と感じて、高校卒業後は地元の呉服店に就職。その後、神奈川県で一人暮らしをしたり、バイトに励んだりして剣道から遠ざかっていた。

 しかし、それなりに楽しさは感じるものの、剣道で活躍していた頃の充実感を得られないまま程なく帰郷。学生時代の仲間と集まって気晴らしに剣道を楽しむうちに、再びスポーツで何かを成し遂げたいと思うようになった。

ローラー台の上で自転車をこぐ岩原さん

 剣道を職業にするのは難しいと考えて新たな道を模索し始めた矢先に、祖父が好きだった競輪に興味を持った。徳島支部所属の小川真太郎選手(27)が近所に住む同級生だった縁もあり、応援のために小松島競輪場を初めて訪れた。

 目の前で繰り広げられるレースのスピードと競り合いの迫力に興奮すると共に、賭け事の楽しさも満喫。やがて趣味として県外の競輪場を巡る中で徳島では開催されていないガールズケイリンの存在を知った。

 数千人の観客が見守る華やかな舞台で活躍する女子選手の姿に魅了された岩原さんは、いつしか「自分も走ってみたい」と思うようになった。「年齢的に厳しいから相当悩んだけど、後悔したくなかった。徳島初というのも魅力的だった」

 自転車競技未経験者を対象にした適性試験の体力テストに向け、ウエートトレーニングなどで垂直跳びや背筋力を鍛え上げて見事合格し、26歳の時に日本競輪選手養成所に入った。

 同期の多くが競技経験者で、高校卒業後すぐに養成所に入るため8歳も年下。岩原さんは一般的な候補生と比べてスタートが遅い上に、アスリートとしての本格的な練習から離れていたというハンディもあった。

自転車の整備をしている岩原さん

 未経験者は入所前の研修で競輪用の特殊な自転車に慣れるため、しっかりと乗り込みを行わなければならない。「本当に1日中乗っている感じ。今までで経験したことがないくらいしんどかった」と振り返る。

 その後も養成所時代は苦闘の連続。「経験者の脚力は自分とは比べ物にならないくらいあって戸惑った」。経験者と同じ練習メニューをこなす中で、レベルの差にがくぜんとすることも少なくなかった。年2回ある卒業認定考査の合格タイムがなかなか出せずに退所の危機も味わった。

 それでも、家族や同期、地元の友人の励ましに支えられ、養成所での成績は女子21人中で最下位ながら見事卒業。ついに徳島初のガールズ選手という夢を実現した。

山本選手からアドバイスを受ける岩原さん

 しかし、岩原さんはプロとしてスタートラインに立ったばかり。指導役の山本宏明選手(41)=徳島市=はデビュー戦について「ダッシュ力もなければ持久力もない。良かったのは初レースでインに突っ込めた度胸ぐらい」と手厳しい。一方で「まずは剣道に打ち込んだ当時の基礎体力を取り戻してほしい。競技を始めてまだ1年なので、勝負はこれから」と期待する。

山本選手にバイクで引っ張ってもらう岩原さん

 岩原さんは実家からホームバンクの小松島競輪場に通って練習に励んでいる。徳島支部の男子選手は兄弟子の太田竜馬選手や小川選手など全国屈指の層の厚さ。山本選手は「男子に付いて行けるようになれば間違いなく勝てる。積極的に彼らと練習してくれれば」と発破を掛ける。

 次なるレースは7月22日の玉野(岡山県)、その後も30日から防府(山口県)で予定されている。新人だけで走ったデビュー戦と異なり、ベテラン選手に交じってのレースとなるだけに、今後はより一層厳しい闘いが予想される。

 岩原さんは「徳島初のガールズ選手として応援してくれる人たちに応えられる結果を残したい。年齢的に遅いデビューになった自分がどこまでやれるかも試してみたい」。その言葉には、プロとしていばらの道を進む覚悟がにじんでいた。