1本ずつ苗を植えるように、96歳まで原稿用紙の升目を埋めていた。没後25年になる作家の作品が読み直されている。富士山が望める静岡県沼津市の芹沢光治良(こうじろう)記念館

 大河小説「人間の運命」で知られた文豪の作品や生涯を紹介しようと1970年に開館した。50年近くも時がたてば、入館者は減る

 どうしたものかと思案していた2年前、若者らがやって来た。沼津を舞台にしたアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」を見た「聖地巡礼」の人だった。登場人物の一人は芹沢さんの愛読者だという

 「これには驚きました」と言うのは3月まで館長を務めた仁王(におう)一成さん。作品を読み始めた学生らも増え、「望んでやまなかったことが起きた。芹沢文学の普遍性だとも思う」

 少女小説集「綠(みどり)の校庭」が昨年、ポプラ社から約70年ぶりに復刊された。戦争は境遇を一変させたが、若者は気高い志を失うことなく…。芹沢文学に励まされてきた読者が懐かしがるだろうと想像したが、編集した倉澤紀久子さんは「意外にも、孫世代の人たちから『感動した』という感想が寄せられている」

 入館者数は昨年度、目標の5千人を超え、芹沢さんの誕生日5月4日には230人が訪れた。間もなく黄金週間。「物言わぬ大自然の意思に」―言葉を紡いできた作家を慕う読者が、今年もその門をくぐる。