これからも私は罪を背負うのか

 山形県南陽市 山田多磨子さん

 軍人だった夫弥七郎さんと23歳で結婚、間もなく朝鮮赴任となり、一緒に暮らした。夫は1944年暮れに出征し、2人の子どもを連れて日本に引き揚げた。終戦から2年後、フィリピン・ルソン島で戦死と知らされた。夫が託した「頼む」の言葉を胸に子どもを育てた。山田さんの誕生日は8月15日。終戦以降、祝ったことがない。戦禍に散った命に黙とうをささげ、戦争のむなしさをかみしめる特別な日となった。

※2002年山形新聞掲載、当時85歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。