花火みたいにきれいと言われゆうけんど、その下におるんじゃき

 高知県佐川町、久川千代子さん

 1945年7月4日未明、米軍のB29爆撃機が大量の焼夷弾を投下し、高知市中心部を焼き尽くした。当時、高坂高等女学校4年生の16歳。一緒に下宿生活をしていた姉と防空壕へ駆け込んだ。降りそそぐ焼夷弾―。火の粉や爆弾の破片が壕に入ってきた。もんぺに付いた火を、手で払いのけた。外へ出た兵隊に焼夷弾が直撃し、火だるまになったという。煙を吸わないよう、地面に口をくっつけ、息をした。「熱い、苦しい」。姉に体を抱かれながら、気を失った。

※2014年高知新聞掲載、当時85歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。